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銭山警部の事件簿(ロングver.)04

消えたデリンジャー04

 僕はトイレを出ると、銭山の横に立った。
「気分はもういい?」
 彼はそういうと、んごんごんごと喉を鳴らしながらスープをすべて飲み干してしまった。僕は吐き気をこらえ、息絶え絶えに言葉を紡いだ。
「話はトイレの中で聞かせていただきました。でも――失礼ですが、いくら名探偵の銭山さんでもこればかりは無理なんじゃないでしょうか。二百人の人間が一週間捜索して、なんの手がかりも得られなかったんですよ。犯人はきっと拳銃を分解して捨ててしまったんです。そうに違いありません」
「いや、そんなはずはない。犯人はまだ犯行を続けるつもりだった。犯人が書き残した日記から推測してもそれは間違いないだろう。彼はどこかに拳銃を隠したはずだ」
 警部が反論する。
「とにかく一度、その犯人の家へ行ってみるわ。ここで待っていてくれる? 寂しいだろけど我慢してね。ちゅっ」
 銭山は僕に投げキスを放ると、大きな口をにぃっと横に広げて笑い、瞬く間に部屋を飛び出していった。
「よかったな。どうやら銭山さんはおまえのことを気に入ったみたいだぞ」
 黒田警部が嬉しそうに僕の肩を叩く。ちっともよかない。
「仲人は俺か? 困ったなあ。スピーチは苦手なんだよなあ」
 そういいながら、なぜか警部は「あ、あーー」とにやけ顔で発声練習を始めていた。

 銭山は鼻歌を歌いながら、雪の降り続く夜道をスキップで歩いている。歌っているのはモーニング娘の「恋のダンスサイト」だ。僕と警部はこっそり彼のあとを追いかけた。
「あの人、ホントにアテになるんですか?」
 どーにも心配でついてきてしまったのだ。
「おまえ、さっきから失礼だぞ。あの人は日本のホームズ、昭和の金田一耕介と呼ばれたお方だ」
 昭和の金田一耕介――って、それはそのまま金田一耕介を指し示してるんじゃないかと思うけど。
「一見、頼りなさそうに見えるが、あれはすべて計算ずくでやっていることなんだ」
「え? そうなんですか? じゃあ、おかまの格好をしているのも世をあざむく仮の姿――」
「いや、あれは趣味だ」
 突如、銭山が自分のおっぱいを持ち上げ、「せくしーびぃぃぃむっ!」と叫んだ。すれ違ったサラリーマンがびくりと肩を震わせる。
「……あれも世をあざむくためのポーズですか?」
 尋ねると、
「いや……あれも趣味だ」
 うつむき加減で警部は答えた。
「ところで、あのおかま――いや、銭山さんは犯人の自宅を知っているんですか? 犯人に関する情報はなにも伝えていないんでしょう?」
「教えていない。しかしあの足取りを見ろ。自信に満ちた歩き方だろう? もう彼にはわかっているんだよ。誰が犯人で、そしてそいつがどこに住んでいるかも――」
「すみませーーん」
 銭山は通りがかった酔っ払いに声をかけた。男はかなりべろんべろんに酔っているらしく、銭山の世にも恐ろしい顔を見てもまるで動揺していない。
「あの酔っ払い、誰なんです?」
「わからん。もしかしたら犯人の仲間なのかも」
「ええっ? 犯人の家がわかっただけでなく、共犯者まで推理してしまったんですか?」
「銭山さんはそういうすごい人なんだよ」
 僕は生唾を飲み込み、前方の二人の様子をうかがった。

つづく

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