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銭山警部の事件簿(ロングver.)01

 以前にもご紹介したお下品駄洒落脱力小説『銭山警部の事件簿』は1編が原稿用紙5-6枚程度のショートショートでしたが、実はもう少し長めのロングバージョンも存在します。
 『嘘つきパズル』の続編という設定で、20話ほど書いて一冊の本にしようと目論んでいたのですが結局、第1話のみを書いて頓挫してしまいました。このまま闇に葬ってしまうのももったいないので、今回はそのお話をご紹介いたします。
 ちなみに内容は、「消えた拳銃殺人事件」とほぼ同じです。

消えたデリンジャー01

 僕がその人と初めて出会ったのは忘れもしない――雪の降り続くバレンタインデーの夜だった。
 その日は恋人の瑠璃子とひさしぶりに会う約束をしていたのだが、黒田警部に「これから一緒につき合ってくれ」といわれれば、もうどうすることもできなかった。新人の刑事には口答えなど絶対許されない。ましてや相手は、名刑事として名高い黒田警部なのだ。
 瑠璃子になんといいわけをしよう――そんなことを考えながら、僕は警部の背中を追った。容赦なく吹きつける北風は、僕の冷えた心をさらに凍てつかせる。涙がこぼれてきそうだ。
「ついたぞ、ここだ」
 警部の声に顔をあげる。古ぼけたアパートの前。「あん、イッちゃい荘」と記された看板が風に吹かれて、ばたんばたんと騒々しい音を立てている。これがこのアパートの名前なのか。なんともふざけた話だ。
 僕はあんぐりと大きな口を開けて、警部を見やった。てっきり居酒屋かどこかへ連れていかれ、「最近の若者はたるんどるっ!」と説教をくらうのだとり思っていた。
 ここは――どこだろう? まさか警部の自宅ではないだろう。CIAからもお呼びがかかるような実力者が、こんなボロアパートに住んでいるとは思えない。
 僕の表情を瞬時に読み取ったのだろう。黒田警部はコートの襟を立て、綿飴のような白い息を吐きながらゆっくり口を開いた。
「おまえ、銭山幸男を知っているか?」
「銭山――」
 知らないはずがない。数々の難事件を解決した伝説の刑事だ。確か二十年ほど前、謎の失踪を遂げて――それからずっと行方不明のままではなかったか。世界征服を企む謎の組織を潰すために単身アメリカへ渡ったとか、今はダブルオー要員として世界を股にかけ大活躍しているとか、様々な憶測が流れている。
「今はクラゲ焼き屋をやってる」
 警部がぼそりと答えた。
「クラゲ焼き屋あ? なんですか、それ」
「たこ焼きのタコの代わりに、クラゲが入ってるんだ。美味だぞ。しかもクラゲだから低カロリー。ヘルシー食品としては文句ナシだ。さらに美容にも効く。ひと口食べればお肌ツルツルだ。なにしろクラーゲンが入ってるからな。なは、なは、なは」
 警部が高らかに笑う。僕は数歩後ずさった。いつもダンディーな彼のキャラが若干変化している。
「いかん。ここへ来ると、銭山さんの発するエネルギーに影響されて、どーも調子が狂っちまうな。……さあ、銭山さんに会いに行こうか」
「え? じゃあ銭山さんって、ここに住んでいるんですか?」
「ああ、そうだ」
 あっさりと警部は肯定した。
「で、でもどうしてこんなボロアパートに――」
 すべてをいい終わらないうちに、突然101号室の扉が勢いよく開いた。
「いらっしゃぁぁぁいっ! おっひさああああっ! 会いたかったの、会いたかったのおおおお。もうっ! なかなか会いに来てくれないんだもん。黒ちゃんったら、バカバカバカっ! ぜにーちゃん、とっても怒ってるのよ。きぃーーっ! 怒りのポーォォォズっ。あたしのべろりんで顔中レロレロしてあげちゃうから。レロレロレロ」
 部屋から飛び出してきたのは――この寒空の中、タンクトップに短パン一枚の出で立ちをした大男だった。いきなり飛びついてきたかと思うと、長い舌で僕の顔を舐め始める。無精ひげがじょりじょりと当たってかなり痛い。

つづく

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