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アンラッキーガール 03
1 バー〈孔雀〉(承前)
麻里 「それが……ちょっとした失敗じゃないんです」
翔子 「どういうこと?」
麻里 「私、うっかり手を滑らせて、取引先の社長さんの頭にコーヒーをかけちゃって……」
茜 「あちゃあ」
翔子 「まだ新人なんだもの。緊張してミスするのは当然だろ? それくらいどうってこと――」
麻里 「私、近くにあったタオルで、慌てて社長さんの顔を拭いたんですが、それが雑巾で、社長さんの顔が真っ黒けに……」
翔子 「麻里ちゃんは悪くないよ。そんなところに雑巾を置きっぱなしにした奴が悪い」
麻里 「どうすればいいかわからなくて、私、パニックになっちゃって……ごめんなさい、ごめんなさいって謝りながら自分の手で社長さんの顔を拭ったら、社長さんのカツラがずるっとずれちゃって……」
翔子 「あらまあ。でも、悪気があったわけじゃないんだし……」
麻里 「つるっぱげの社長さんの顔がタコみたいだったから、私、その場で大笑いしちゃって……。ダメだ。今、思い出してもおかしくて……フフッ……フフフッ……あのタコ面……苦しい……お腹痛い……」
茜 「ダメだ、こりゃ」
翔子 「ゴメン。あたしでももうフォローしきれないわ」
下手の菜々美に照明が当たる。菜々美以外は一時的に動きを止める。
菜々美 「タケル。どうしても別れるっていうなら、あたしにも考えがあるからね。タケルはその女に惑わされてるだけなの。だから、あたしが目を覚まさせてあげる。その女さえいなくなったら、あたしのそばに戻ってきてくれるんでしょ? じゃあ、殺すよ。その女、あたしが殺してやる」
再び、会話を始める麻里たち。
麻里 「私、一度ツボに入ると、笑いが止まらなくなることがあって……それで人生、何度失敗したことか。つくづく自分がイヤになっちゃいました」
翔子 「元気出しなって。ノーレイン、ノーレインボーって言葉知ってる?」
麻里 「トイレにセボン?」(※ここの台詞、自由にボケてくれればOKです)
翔子 「違うよ。そうじゃなくて、ノーレイン、ノーレインボー。雨のあとには虹が出るだろ? どんなにつらいことがあっても、そのあとには必ず素晴らしいことが待ってる。そういう意味。人生ってノーレイン、ノーレインボーなんじゃないの?」
麻里 「そういえば、不幸は幸せの前兆だって……死んだお母さんがいつもいってたっけ」
翔子 「だろ? だから――」
麻里 「でも、それは普通の人の話です。私は普通じゃない。世界一運の悪い女だから」
茜 「また始まった。麻里のいつもの口癖。私は世界一運の悪い女だから」
麻里 「だって本当のことだもん。お父さんは私が生まれたあとすぐに事故で死んじゃったから顔も知らないし、そのあと、私はお母さんと二人きりでずっと貧乏暮らしを続けてきたから、周りの友達みたいに遊ぶこともできなかったし……苦労をかけたお母さんは二年前に病気で死んじゃったし……これが不幸じゃなくてなんだっていうの?」
茜 「それはまあそうなんだけど……」
麻里 「おみくじを引けば必ず凶。ジャンケンをすれば絶対に負ける。野良犬に十三回噛まれたことだってあるんだよ。そんな知り合い、ほかにいる? 一年前にはマンションのベランダから落ちて足首を捻挫。半年前には自動車事故で死にかけるし、三ヵ月前には変質者に襲われて……。ん、もう! 呪われてるとしか思えないよ。今日だって手を滑らせたり、コーヒーをこぼした先に得意先の社長さんがいたり、すぐ近くに汚れた雑巾が置いてあったり、社長さんの頭がツルツルだったり……ついてないことばかり。いいことなんてなんにもない。私は運に見放された不幸な女。一生、このままなんだと思うとぞっとしちゃう」
再び、菜々美に照明。菜々美以外は動きを止める。
菜々美 「……あんたの浮気相手、絶対に殺してやる。脅しじゃないから。あたし、本気だからね。(バッグからナイフを取り出して)凶器も用意したし。今すぐにだって殺せるよ。……信じてないの? 名前も顔もすでに調査済み。……嘘じゃないって。……あんたの浮気相手は日向麻里っていう名前の冴えないOL。あんな奴のどこがいいんだか。どう? これで信じた?」
つづく
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