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フォスター・チルドレン 87

最終章 ありがとう、さようなら(6)

2(承前)

「そんな……」 
 僕は愕然とした。朋美は殺されたわけではなかった。殺されそうになったのは僕であり、朋美は僕を殺す凶器となって死んでいったのだ。 
「投げ落とす瞬間、朋美はつかんでいた消火器を離し、俺の足元に転がした。そして俺にいったんだ。『ありがとう……さようなら』って微笑みながらな。
 ……あいつはそのまま地面に叩きつけられた。俺が殺したんだよ」
 葉月は苦しそうに呻いた。 
「なにもかも朋美の仕組んだことだった」
 これが真実――。
「ずっと俺が恐れていたことだった。いつか、俺は朋美を人として扱わなくなるんじゃないかって。朋美は自分から絶好のシチュエーションを作って、俺の病気を完全なものに仕上げたんだ」
 朋美は葉月に殺されるため、屋上から凶器となるすべてのものを取り払い、僕と蘭のキスを見せて、それから葉月に挑発するような言葉を投げかけ、消火器を握りしめ、消火器と一体になりながら、徐々に――しかし確実に葉月を狂わせていったのだ。そして最後に、葉月の助けを借りて自殺した。
「でも、どうして? どうしてそんなこと?」
 蘭がうわずった声を発した。
「ペンダントの中の紙切れがすべてを物語っていたじゃないか」
 今なら、彼女の願いごとの意味がはっきりと読み取れる?

 私がずっと、あなたの心の中に住み続けますように

「朋美は俺の親父を死に至らしめたことを悔やみ、自殺を考えた。でも、ただ死ぬのは我慢できなかったんだと思う。この世界から、自分の存在が完全に消滅してしまうことが恐ろしかったんだろうな。朋美は、自分の死を心から悲しんでくれる人間など誰もいないと考えていた。愛し続けた葉月という男も、自分のことを忘れ去ってしまうだろう。それが我慢ならなかった。だから、最後の手段に出たんだ。絶対に彼を自分のものにする方法。それが――これだったんだよ」
「そんな……」 
 僕はうなだれる葉月を見た。
「年月が経って、蘭の顔を忘れたとしてても、葉月さん――あんたは朋美のことだけはずっと覚えているはずだ。それこそが朋美が自分自身を殺した動機」
 葉月はふらふらと力なく立ち上がった。
「……俺、帰るよ。警察に行く。もう二度と会うこともないかもな」
 彼の寂しげな背中が見えた。
「なあ、蘭」 
 ドアの前に立った葉月が小声を出す。
「最後にキスさせてくれないか? 俺の――最後の思い出にしたいんだ」
 彼は子供のような純粋な目をしながら、蘭のほうを振り返った。
 蘭は黙って首を横に振った。
「あたしはプロなの。いくらでも慰めてあげるけど、それはお店で、お金を払ってくれたらね」
 葉月は笑みを浮かべ、
「そうだな。じゃあ、罪を償ったら真っ先に店へ寄るよ」
 そういって、屋上から去っていった。
「蘭――」
 僕は彼女になんと言葉をかけたらいいのかわからなかった。
「朋美ってすごいよ……すごい子だよ……」
 蘭がそう口にする。
「ああ……」
 それ以上の言葉は見つからなかった。

つづく

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