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VOCADOL 39

FILE.006 未来のスーパースター殺人事件(10)

▼MAP006-5 目樽体育学園(承前)

(プール)

【杏音】
「ゆうべの鞍馬さんの格好を思い出してみてください。Tシャツが濡れていたでしょう?」

「私たちは汗だと思っていましたが、それはおかしいですよね。だって、骨折中の鞍馬さんはトレーニングなど行なっていなかったはずなのですから」

「おそらく犯人と格闘したとき、濡れてしまったのでしょう」

【杏音】
「水に濡れる場所……もしかして、鞍馬満天はここで殺されたの?」

【ラピス】
「たぶん。そしてここには、犯人が絶対に回収しなくてはならないものがまだ残っているはずなんです」

説明を続けながら、私はプールの底を探りました。

それはすぐに見つかりました。

【cul】
「……携帯電話。もしかして、鞍馬さんのもの?」

【ラピス】
「おそらく。鞍馬さんが殺害されたとき、プールの中に落ちてしまったのでしょうね」

「これは犯人にとって、絶対に回収しなければいけないものだったんです」
「しかし、遺体をプールのそばに放置しておけば、プールの中の携帯電話もいずれ見つかってしまいます」

「それだけは絶対に避けなくてはならないと思い、だから鞍馬さんの遺体を別の場所へ移動させたのでしょう」

【cul】
「プールに落ちた携帯電話なんて、その場ですぐに回収できたはずだろ?」

【ラピス】
「いいえ。犯人にはそれができなかったんです。だから火事を起こし、消防車に放水させることで、プールの水を空にしてしまおうと考えたんですよ」

【cul】
「それってつまり……」

【ラピス】
「そう――犯人は、1年前の事故で極度に水を恐れるようになった千屋さん以外に考えられません」

【杏音】
「どうして千屋凛子が?」

【ラピス】
「携帯電話はびしょ濡れでもはや使い物にならないでしょうが、たぶんメモリは生きています」

「調べればきっと、ドーピングに関する重大な証拠が――」

【千屋凛子】
「あなたのいうとおりよ」

【ラピス】
「……千屋さん」

〈千屋凛子〉
「会食のあと、2人きりで話がしたいと鞍馬さんにいわれ、ひと気のないこの場所までやって来たの」

「学長に告発文を送ったのは自分だ、と鞍馬さんはいったわ。誰がドーピングをやっているかも知っている。今なら黙っていてやるから、持っている薬を全部出せといわれて……」

「だけど、私はどうしても世界大会で勝ちたかった。だから……」

「こんなところで、夢をあきらめるわけにはいかないの。悪いけど、あなたたちには死んでもらうわ」

千屋凛子の声のトーンがわずかに低くなりました。

まさか、そんな大胆な行動に出るなんて、私は予想をしていませんでした。

私たちのほうを睨みつけるや否や、彼女は胸もとからナイフを取り出し、襲いかかってきたのです。

相手は世界レベルの陸上選手。私たちが太刀打ちできるはずありません。

もうダメだ。

死を覚悟して私が目を閉じた――そのときです。

突然現れた人影が、千屋凛子の右腕をつかみ、勢いよくひねりました。

彼女の手からナイフがこぼれ落ち、私たちの身に迫った危機はあっけなく去っていきました。

【???】
「危ないところでしたね。怪我はありませんか?」

彼女はそう口にすると、名前も告げずに私たちの前から消えてしまったのです。

▼エピローグ

プールの底から見つかった携帯電話のメモリを調べた結果、千屋凛子がドーピングする瞬間を撮影した写真が多数出てきたことを、私たちはテレビのニュースで知りました。

千屋凛子が逮捕されて数日後。

今度は大地翔が警察に連行されたという驚くべき報道が耳に飛び込んできました。

ゴミ箱に火をつけようとしていたところを、見張っていた警察官に捕らえられ、緊急逮捕されたそうです。

大地翔は、自分が連続放火事件の犯人であることを素直に白状しました。

ハンマー投げの成績が思うように伸びないことから、むしゃくしゃして犯行に及んだとのこと。

最小限の被害ですむよう、誰かがすぐに発見してくれる場所や時間帯を選んで火をつけていたそうです。

トレーニングホールが燃えた夜は、次の放火場所を下見している最中だったとか。自分も利用しているトレーニングホールが燃えては困るので慌てて消火した、と話しているようです。

【cul】
「好きで好きでたまらなくて夢中になった競技のはずなのに、1人は怪我をひた隠しにしなくちゃならず、1人は薬に頼るようになり、1人は放火で憂さ晴らしをしなければ精神のバランスがとれなくなって……。そこまで自分を追いつめなくちゃいけなかったのかな?」

【ラピス】
「……なんだか悲しいですね」

【???】
「スーパースターにはスーパースターなりの悩みがあるってことですよ。あなたたちにもそのうちわかると思います」

いつものように事務所で電話番をしていた私たちのもとに突然、一人の女性がやって来ました。

【ラピス】
「あの……どちら様ですか?」

【???】
「皆さん宛ての郵便が、間違ってうちに届いてましたので、お持ちしたんですが……」

【杏音】
「え? ってことはもしかして、お隣のぐうたら探偵?」

【???】
「はい。私、須霧探偵事務所の所長――須霧パオです」

【ラピス】
「嘘……まさか、こんなキレイなお姉さんだったなんて」

(星型のピアス……あれ? プールで私たちを助けてくれた女の人も、同じようなピアスをしていなかったっけ?)

(鞍馬さんの遺体を見て気を失いそうになった私を助けてくれた人も確か……)

(もしかして全部、この探偵さんの変装? 私たちを助けてくれたってことなのでしょうか?)

これが私と須霧探偵の出会いでした。
このあと、私たちはとんでもない運命に巻き込まれていくことになるのですが、さて。

TO BE CONTINUED……

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