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下手の横スキー56

第56回 今シーズンこそフォーメーション!(6)

【前回までのあらすじ】
 ああ、憂鬱だなあ。まだまだ先の話だと思ってたのに、あっという間にその日になっちゃったよ。この先も芸能界で生きていくためには、社長のいうとおり、やっぱり脱ぐしかないのかなあ。イヤだなあ。あたしの全然知らない人たちが、あたしの裸を見て、あれこれといやらしい妄想をするなんて気持ち悪い! そんなの我慢できないよ! 裸になるなんて絶対にイヤっ!
 でも、今さら仕事のキャンセルなんてできないもんね。風邪をひいたことにしようかな。ううん、それくらいのことじゃ、あの鬼社長が許してくれるわけがない。このまま、どこか遠くへ逃げちゃう? ダメだよ。芸能界の仕事は続けていきたいもの。これまでの生活を捨てるなんて、とてもできないよ。
 どうすればいいかなあ? どうすれば、今日の撮影を中止できる?
 そうだ! 撮影は確か、事務所のそばの原っぱでやるって話してたよね。その原っぱに火をつけて燃やしちゃうっていうのはどう? カメラマンは撮影場所にこだわりのある人だって聞いてるから、原っぱで撮影できないとわかったら、「今回は取りやめにしよう」って絶対にいうよ。うん、間違いない。
 これしか方法はないよ。そうと決まったら、早速、あの原っぱに火をつけなくっちゃ。
「こらあっ! きさま、なにしてるんだ! 逮捕する!」
 きゃっ。おまわりさん! いやだっ! 逃げなくっちゃ!
「なんだ、おまえは? 男のくせにスカートなんて穿きやがって。おかまの放火魔、逮捕だあっ!」

 クラブ対抗戦まで残り4日と押し迫った3月14日。またもや非常事態発生! なんと、もっとも頼りにしていたOさんが大会に出られなくなっちゃったんであります。
「どうして? どうして? 一体、なにがあったの?」
「あたし、先週の大会前に、転倒して足首をひねったでしょ?」
「うん」
「あのときはたいしたことないと思ってたんだけど、あれから急に痛みがひどくなって。どんどんと腫れてくるもんだから、今日病院へ出かけて診てもらったの。そうしたら……骨折してるって」
「えええええええ?」
 そういわれて、彼女の足もとをよく見てみると、あらららら、足首にコルセットを装着しています。
「今度の大会だけは、なんとしても出場しようと思ってたんだけど、足首が全然動かなくて……ごめんなさい」
 ぽろぽろと涙をこぼすOさん。
 今、ここで彼女に抜けられるのは、正直いってかなりの痛手ですが、だからといって無理強いさせることもできません。
 出場を辞退するか? いや、こんなにも一生懸命練習してきたんだから、メンバーが1人欠けたくらいのことであきらめたくはありません。
「Oさんの代わりを探そう!」
 僕は、みんなにそう提案しました。
「ええ、今から?」
「無理だよ。あと4日しかないのに」
「たとえメンバーが見つかったとしても、一体いつ練習するんですか? みんながみんな、くろけんさんみたいに暇なわけじゃないんですよ」
「うう……」
 出場するからには、なんとしても優勝したい。そのためには、優秀な新メンバーを探し出さなければ。新メンバーを選ぶ際の条件は3つ。

 その1、大会当日までにできるだけたくさん練習できる人。

 今日は火曜日。大会は土曜日。というわけで、水・木・金のいずれかで練習できる人を探さなくてはなりません。

 その2、我々以上のスキー技術を持っている人。

 僕たちが1ヵ月以上かけてマスターしたことを、わずか1日でマスターしてもらわなければならないため、相当なスキー技術を持っている人を探さないと。

 その3、他人のペースに合わせることができる人。

 これ、実はもっとも重要なところ。たとえスキー技術に秀でていても、我の強い人はフォーメーション向きではありません。ほかのメンバーの動きに合わせて、演技できる人を見つけなければ。
「Aさんは?」
「結婚間近だからなあ。スキーなんてやってる暇、ないんじゃない?」
「B君はどう?」
「仕事が忙しいっていってたよ。平日に休むのは無理じゃないかなあ」
「Cちゃんは? あの子なら、いつも暇そうにしてるし」
「ダメダメ。確かに暇そうだし、スキーもうまいけど、他人に合わせるのは苦手そうだからさ」
 うーん。なかなか「この人!」というメンバーが浮かんできません。
「Iさんは?」
 T君がいいました。
 Iさんはスキークラブの先輩で、つい先日、テクニカル・プライズテスト(1級よりさらに上の技能判定テスト)にも合格した強者。性格も温厚で、しかもひじょーに他人思いのため、フォーメーションのメンバーとしてはサイコーの適任者です。
 早速、電話をして、OKの返事をもらいました。金曜日であれば仕事も休める、とのこと。
 よっしゃ! これでメンバーは決まった! あとは、金曜日の練習をがむしゃらに頑張るしかありません。
「でも……」
 不安そうにYさんが口を開きます。
「Iさんって、フォーメーションの経験はあるんですか?」
「いや。あの人はレースに命を賭けてる人だから、たぶんこれが初めてだと思うよ」
「大丈夫でしょうか? Iさんがどれだけ優秀な人だとしても、たった1日の練習で……。しかも、Oさんの代わりを務めるということは、先頭を滑るわけですよ。もっとも難しいポジションじゃないですか」
 う……。いわれてみれば確かに。
 2番手以降のメンバーは、前の人の動きに合わせることで、大まかなリズムをつかむことができますが、先頭はその人自身がリズムを作り上げていかなければなりません。先頭がミスをしたら、全員の動きがメチャクチャになってしまうわけで、果たして1日の練習ですべて覚えることができるかどうか……。
「Iさんには、一番楽なポジションに入ってもらったほうがよくありませんか?」
 そう提案するYさん。
「うん。僕もそう思う」
 T君も同意。
「そうだな。そのほうがいいかもしれない。……一番楽なポジションってどこ?」
「そりゃ、4番手でしょう。ちょっとくらい構成を間違えても、ほかのメンバーに影響が及ぶことがないし、いくらでもごまかしがききそうだし……」
「うん、確かに。じゃあ、Iさんには4番手に入ってもらおうか。ってことは、4番手の人が先頭に?」
「それでいいんじゃない? ポジションをあれこれいじると、みんながさらに混乱しちゃうことになるから」
「よーし、じゃ、それで決定! これまで楽チンなポジションだった4番手の人が、もっとも大変な先頭に移動! ……って、それ、俺ぢゃん」
 ええええええええ?
 僕が先頭ですか?
 どうなる? どうなる? 世間はとっくに梅雨入りしたっていうのに、一体いつまで引っ張るつもり? 梅雨明けまでには終わらせます(たぶん)。

【お詫び】
 今回、【前回までのあらすじ】を書くべきところに、【全裸イヤで、野原火事】を書いてしまいました。お詫びして訂正いたします。ってゆーか、だんだん苦しくなってきてないか?

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