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VOCADOL 40

FILE.007 時の館殺人事件(1)

▼プロローグ

大きな満月が南の空に浮かんだ土曜日の夜。

私たちは世界的に有名な時計メーカー《トキタ》の2代目社長の誕生パーティーに招かれ、ため息の出るような大豪邸に来ておりました。

【kokone】
「あ……あわわわわ」

【メルリ】
「kokone、さっきから口がぽかんと開きっぱなし。もうちょっとシャキッとしたらどう?」

【kokone】
「だって……こんな立派なお屋敷に来たの、初めてなんだもん」

「どうしていいかわからなくてドギマギしちゃうよ」

【メルリ】
「情けない。あたしたちはこのパーティーの特別ゲストなんだから、堂々としていればいいのよ」

【kokone】
「そういうメルリだって、さっきからヒザが震えっぱなしだけど」

【メルリ】
「こ、これは武者震いよ。あたしたちに興味を持ってくださった社長が、直々に招待してくれたんだもの」

「ここでうまくふるまっておけば、なにかオイシイ仕事をもらえるかもしれないでしょ」

【kokone】
「そうだね。次のCMに出演できちゃったりとか」

【メルリ】
「CM! あたしたちが……《トキタ》のCMに?」

【kokone】
「大丈夫? ヒザだけじゃなくて、全身が震えてきたみたいだけど」

【メルリ】
「大丈夫に……決まって……る……でしょ……あたし……ちょっとトイレへ行ってくるから」

【kokone】
(全然、大丈夫じゃないみたい。緊張して、ロボットみたいな歩き方になってるよ)

【杏音】
「kokone。このチョコデニッシュ、食べた?」

「ものすごく柔らかくて、舌の上でとろけちゃうんだもん。びっくり」

「どうやって作ったんだろう? いくつか持ち帰っちゃおうかなあ?」

【kokone】
「……緊張のかけらもない杏音が羨ましいよ」

※時田星霜、登場。車椅子に乗っている。

【時田星霜】
「あなたたち、楽しんでる?」

【kokone】
「あ、社長さん。今夜はお招きいただき、ありがとうございます」

【星霜】
「私はもう社長じゃないわよ。病気で両脚を失い、自由に動けなくなってしまって以降、妹にバトンタッチしたから」

【kokone】
「あ……そうなんですか。なにも知らなくてごめんなさい」

【星霜】
「いいのよ、気にしないで」

「まだまだ夜は長いからゆっくり楽しんでいってちょうだい」

【杏音】
「はーい。胃袋がはち切れるまで食べちゃいまーす」

【星霜】
「まあ、頼もしい。では、おかわりはいかが?」

【杏音】
「では遠慮なく」

【kokone】
「杏音。ちょっとは遠慮してよね」

【明堂メイ】
「私、時田様の身の回りのお世話をさせていただいております明堂メイです」

「なにかお困りのことがありましたら、遠慮なくお申しつけくださいね」

【杏音】
「じゃあ、クロワッサンも食べちゃおうかな」

【kokone】
「だから、ちょっとは遠慮してってば」

【星霜】
「メイちゃん。3代目新社長はまだ来ていないの?」

【メイ】
「……はい」

【星霜】
「我が妹ながら、本当に困ったものね。大切な新作発表会まで遅刻だなんて」

【メイ】
「携帯電話に連絡を入れてみましょうか?」

【星霜】
「いいえ、大丈夫よ。さっき駐車場のほうで、車の明かりが動いたように見えたから、たぶん到着したんじゃないかしら」

「メイちゃんはお客様のおもてなしを」

【メイ】
「承知しました」

「……あの時田様。あと2分で9時になりますけど」

【星霜】
「あら。もうそんな時間?」

「皆さん、ごめんなさい。30分ほど席をはずしますね。私の大切な時計たちに命を与える時間なので」

【kokone】
「命?」

【星霜】
「コレクションルームに飾ってあるアンティーク時計のぜんまいを巻くの」

時田さんは微笑ながらそう答えると、車椅子を器用に操作して、私たちの前から去っていきました。

SE.携帯電話を操作する音。呼び出し音。

【星霜】
「もしもし、烏兎? そこで待っていて。大切な話があるから」

まさかこのあとで、あんな恐ろしい事件が起こるなんて……私たちは知る由もなかったのです。

※場面転換。背景…駐車場

【星霜】
「お待たせ」

【時田烏兎】
「なによ、姉さん。こんなところで待ってろだなんて」

「あたし、腹ペコなの。早くご馳走にありつきたいんだけど」

【星霜】
「あなた、8時までには来るって話してなかった?」

【烏兎】
「ゴメン。会議が長引いちゃって」

【星霜】
「土曜日までお仕事? ご苦労なことね」

「だけど、今夜の集まりがどれだけ大切なものか理解していないわけじゃないでしょう?」

【烏兎】
「大げさね。たかが姉さんの誕生パーティーじゃない」

【星霜】
「たかがとは失礼ね。各界の著名人が大勢駆けつけてくれたのよ。《トキタ》の時計をアピールする最大のチャンスでしょう?」

「そんなときに社長であるあなたが遅刻してどうするの?」

【烏兎】
「うるさいなあ。だから、謝ってるでしょ」

【星霜】
「まったく……あなたのルーズさにはほとほと呆れるわ。そんなことだから会社の業績も悪化する一方なのよ」

「あなたに会社を任せたのは、やはり間違いだったかしら」

【烏兎】
「大丈夫よ、姉さん。もう心配はいらない。ようやく会社の買い手が見つかりそうなの」

【星霜】
「ええ、そうらしいわね。常務から連絡をもらって驚いたわ」

「亡きお父様の作った会社をめちゃくちゃにした上、今度は手放す? そんな勝手なことが許されるわけないでしょう」

「……やっぱり、あなたには任せられない。《トキタ》を守ることができるのはこの私だけだわ」

【烏兎】
「……姉さん? きゃあああっ!」

SE.鉄パイプの振り下ろされる音

つづく

作者註
どこかで見覚えのある話だなあ…と思ったあなた、正解です(^^;
以前紹介した「逆転検事」の未発表原稿の焼き直しだったりします。
どうか広い心でお読みくださいませ。

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