見出し画像

下手の横スキー58

第58回 今シーズンこそフォーメーション!(8)

【前回までのあらすじ】
 どーも胃がむかむかするなあと思ったら、なんとまあ、口からうんこが出ちゃったよ♪

 3月18日──クラブ対抗戦当日。
 おろろんろんろん、おろろんろんろん(動揺している)。
 つ、つ、つ、ついに、こ、こ、こ、この日がやって来ちゃいましたよよよよよ(泣き崩れた)。
 いや、泣いてる場合じゃないって。
 どこのチームよりも早くスキー場へ到着した僕たちは、リフトが動き始めるのと同時に練習開始。
 ゲレンデは綺麗に整備され、また気温もさほど高くなかったため、先週の大会のように、滑りにくいということはありませんでした。普段どおりのパワーを出せれば、優勝も夢ではないでしょう。
 しかし、失敗しなければ優勝できるかもしれないという思いは、さらなるプレッシャーとなって、僕にのしかかってきます。
 時間の許す限り、がむしゃらに練習を続けましたが、どれだけ練習しても満足することはありません。いや、滑れば滑るほど、ますます不安は募るばかり。

 そーこーするうちに、ほかのチームのメンバーもやって来て、あちらこちらでフォーメーションの練習が始まりました。をを。みんな、うまいよ。去年よりも格段にレベルアップしてるよ。うわあ、どうしよう? やっぱり優勝は無理かなあ?
 重圧と緊張で、次第に気分が悪くなってきます。
 イヤだ、イヤだ。もうイヤだああああっ!
 本気で逃亡しようかと思ったくらい。
 膝はガクガク、心臓バクバク、大和田バクバク、パク・ヨンハ。♪パク・ヨンハなら毛糸洗いに自信がもて~ます~。もう、自分でもなにいってるかわからないくらい、パニクり始めてました。

 あわわあわわとうろたえていると、あっという間に開会式。開会式が終わったら、次はソッコーで個人戦。大回りと小回りの2種目を滑り、合計の技術点を競います。昨年はなんと6位に入賞して、みんなから「審判がよそ見してたんだ」「たぶん、ゼッケンを見間違えたんだ」「賄賂を払ったに違いない」と散々ないわれようでしたから、今年も再び入賞して、マグレじゃないところを見せつけてやろう! と思ったのですが……おろろんろんろん。
 惨敗。
 正直に告白します。去年のはマグレでした。
 いえ、言い訳するつもりはありませんが、今年はフォーメーションにすべてを賭けていたんです。個人戦なんてどーでもよかったんです。ふんっ、ふんっ、悔しくなんかないもん(本当はかなり悔しい)。

 個人戦が終わり、いよいよ運命の団体戦。戦いの火蓋は切って落とされました。ぶーぶー(おまえ、きらい)。ぶぶーぶー(俺だってきらい)。それは仲違いの子豚だな。
 出場チームは全部で18。僕らのチームは6番目の出走です。あまりにも出走順が早いと、ゲレンデコンディションが読みきれないし、かといって順番が遅すぎると、緊張で押しつぶされちゃうでしょうから、ちょうどいい出走順であります。

 招集がかかり、スタート地点へやって来たところで、新たなる心配ごとが発生しました。
「ねえ。なんだか、ものすごくコースが短くない?」と口にするYさん。
 そうなんです。予想していたよりも、かなり近い位置にゴールが見えます。練習どおりに滑ったら、演技を終える前に、中途半端な形でゴールインしてしまいそう。
 どうしよう? どうしよう?
 悩んでいる間に、最初のチームがスタートしました。午後になって雪が相当緩んできたらしく、あまりスピードが出ない様子。
 スタート直後の直滑降を長めにとって、スピードをかせぐべきか? いや、ただでさえコースが短いのに、直滑降なんてしたら、ますます演技する距離が減ってしまいます。
 スピードを殺して、演技を完璧にこなすか。それとも、スピードを優先して、演技の一部を省略するか。どうする? どうする? どうする、研二?
「演技は変更しない。直滑降の距離を縮めよう」
 それが僕の出した結論でした。スピードよりも演技をとったんです。ってゆーか、いまさら演技を変更しちゃったら、僕自身が混乱すると思ったわけで。ただ、それだけの理由でくだした決断でした。

 そして――僕らの出走順となりました。緊張は最大限に。膝の震えが止まりません。「オチケツ、オチケツ」と自分にいい聞かせながら、スタート位置につきます。
「オチケツ……あれ、違う。オツケチ? ツケチオ? ツケチクビ? はーい、シャラポワで~す」
 全然、落ち着いてません。
 ストックを強く握りしめ、ゴール地点を睨みつけます。どれだけの距離を直滑降で滑り、どれくらいのスピードで、どのあたりから演技を始めるか――すべての判断は、先頭を滑る僕が行なわなければなりません。背中に重くのしかかるプレッシャー。でも、ここまで来たら、とにかくやるしかないっ!
「RスキークラブBチーム、スタートしてください」
 スターターの言葉を耳にして、僕は大きく息を吸い込みました。
「行きまーすっ!」
 右手を挙げて、出発の合図。
「おーッ!」
 後ろに並んだ3人の声が、雪原に響き渡ります。
 エッジ角を緩めて、直滑降でスタート。と同時に、カウント開始。3カウントまでは直滑降。そのあと、「はいっ!」のかけ声で左右に分かれて演技を始める段取りとなっています。いつもよりも直滑降の距離を短くするため、カウントはやや早口で。
「1、2、3、はいっ!」
 メンバー全員に聞こえるよう、声を張りあげました。あとから聞いた話だと、僕の馬鹿でかい声はゴール地点まで届いていたそーな。いや、そんなところまで響かせるつもりはなかったんですけど……。
 でも、大声を出したことで、緊張は一気にほぐれました。
 「はいっ!」のかけ声で演技開始。あとは、各自が心の中でカウント。あれだけ練習を続けてきたんです。おたがいの声は聞こえなくても、カウントのタイミングはばっちり合っているはず。
 直滑降の距離が少なかったため、スピードはずいぶんと落ちてしまいましたが、これは最初から予想していたことです。焦らずに、ただひたすら演技だけに集中しました。
 一番心配だったゴールの合図もうまく伝えることができ、大きなミスをすることなくゴールイン。後ろを振り返ると、全員がきっちり所定の位置で停止していました。みんなの笑顔を見れば、うまくいったことはすぐにわかりました。
 得点をチェック。とりあえず、トップに立ったことを確認し、思わずこぼれる安堵の息。緊張が一気に解け、なぜかスタート前以上に、膝がガクガクと震え始めました。

 あとは、残り12チームが自分たちより低い点数であることを祈るだけ。こーゆーときは、どうしたって性格が悪くなってしまいます。「くろけんさんって地上に舞い降りた天使みたい(ハート)」と周りから噂されるほど、普段の僕は優しさに満ちあふれているのですが、このときばかりは、ほかのチームに「こけろ! 失敗しろ!」と念を送ったり、「突風よ、吹き荒れろ! 大地よ、裂けろ!」と祈ったり。
 ……その結果、
「優勝、RスキークラブBチーム」
 うわああああああああああっ!
 念願の金メダルをついにゲットしたよ。ゲットしちゃったよ。しない、します、する、すれ、せよ、サ行変格活用! 嬉しいよ。嬉しいよおおおおっ。
 ホント、今シーズンはこの日のためにがむしゃらになって練習を続けてきたわけですから、感激もひとしお。
 途中、様々な困難にぶち当たりました。メンバー間のもめ事も絶えませんでした。ダメかもしれない、とあきらめたことも一度や二度じゃありません。
 でも、優勝が決まった瞬間、すべてはよい思い出に変わりました。
 大学を卒業するまでは、水泳ひと筋の人生で、その後、スキーやスケートに夢中になって……考えてみれば、僕がこれまで本気で打ち込んできたスポーツって、個人競技ばかりだったんですよね。球技などの団体スポーツは苦手でした。たぶん、チームワークの大切さが全然わかっていなかったんだと思います。
 でも今回、ド真剣にフォーメーションを頑張ったことで、初めて団体スポーツのつらさと面白さを知りました。わずかひと月半ほどの練習でしたが、その間にいろいろなことを学んだような気がします。
 昨年もらった銀メダルの横に、今年の金メダルが並んでいます。来年はその横にもうひとつ金メダルを……。
 優勝が決まったときのあの快感を、来年もぜひぜひ味わいたいものです。
 僕の挑戦はまだまだ続きます。

【お詫び】
 今回、【前回までのあらすじ】を書くべきところに、【便が胃まで。喉からお通じ】を書いてしまいました。お詫びして訂正いたします。どーでもいいけど汚ねえな、おい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?