アンラッキーガール 04
1 バー〈孔雀〉(承前)
麻里 「私、日向麻里は世界一不幸な女です! これはもう逃れられない運命なんです!」
菜々美 「その女が今夜、駅裏の寂れたバーにやって来ることもすでに調査済み。実は今、その店にいるんだ。もうすぐ日向麻里がここへやって来る。あたし、その女を見つけたらすぐに殺すつもり。本気だよ。タケルの心を取り戻す方法は、それしかないもの」
茜 「私、トイレに行ってくるね」
茜、カウンターを離れてトイレのドアをノック。
菜々美 「(ノックの音に驚き)いつまでもここにいたら怪しまれちゃう。じゃあね、タケル。日向麻里を殺したら、また連絡するから」
茜 「入ってますか?」
菜々美 「ちょ、ちょっとだけ待ってください。すぐに出ますので」
ナイフを確認する菜々美。
翔子 「元気出しなよ、麻里ちゃん。悪いことばかりでもないだろ? ほら、最近、素敵な彼氏ができたって話してたじゃないか」
麻里 「(照れくさそうに)それはまあそうなんですけど……」
翔子 「幸運ってね、すべての人に平等にやって来るものなんだよ。ただ、訪れる時期が人によって少しずつ違うだけ。麻里ちゃんは今まで幸運に見放されていた分、これからものすごい勢いで幸せがやって来るのかもしれない。きっとそう。彼氏ができたのがその証拠だね」
麻里 「そうだといいんだけど……」
笑顔を取り戻す麻里。
翔子 「そうそう。そうやってニコニコ笑っていたら、幸運も訪れやすくなるんじゃないの?」
スマホの着信音。
麻里 「あ、電話。(スマホを取り出し、嬉しそうに)彼氏からです!」
翔子 「ほらね。これから、どんどん幸運が舞いこんでくるんだよ。さあ、もたもたしてないで早く出てあげたら?」
麻里 「はい! (翔子に小さく会釈をしたあと、スマホを耳に当てて)もしもし、タケルさん。なにかありました? なんだか口調が重たいですけど。……え? どういうことです? ……いきなり、そんなことを言われても。……ちょっと! ちょっと待ってください! タケルさん!」
呆然とした表情の麻里。そのまま、力なくしゃがみこむ。
翔子 「なにがあったの?」
麻里 「わかりません。おまえとはもう付き合えない。今すぐ別れてくれって……。やっぱり私、世界一不幸な女なんです。きっと呪われてるんです。私なんて死んでしまったほうが……」
泣きじゃくる麻里。トイレの前を離れてカウンターに戻ってくる茜。
茜 「麻里、どうしたの?」
麻里 「(泣きながら)タケルさんが……タケルさんが別れようって。あの人となら結婚してもいいと思ってたのに……」
茜 「……麻里」
麻里 「やめて! 麻里って呼ばないで! マリーって〈結婚する〉って意味なんだよ。私には関係ない言葉だもん。今から、麻里って呼ぶのは禁止だから」
茜 「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
麻里 「フーコ」
茜 「フーコ? なにそれ?」
麻里 「世界一不幸な女だから」
翔子 「麻里ちゃん、落ち着いて……」
麻里 「だから麻里って呼ばないでっていってるでしょ! 今度麻里って呼んだら、私、このビルの屋上から飛び降りて死んでやるから!」
茜 「無理だよ。だって麻里、ベランダから落ちたあと、高所恐怖症になっちゃったでしょ?」
麻里 「だから麻里って呼ぶなあっ!」
茜 「わかった、わかった。フーコだよね。とりあえず落ち着こうか、フーコちゃん」
翔子 「はい、お待たせ。(二人の前にグラスを置いて)いつものヤツだよ、フーコちゃん。これ飲んで、元気出そうか」
一気に飲み干す麻里。
麻里 「ママ、おかわり」
翔子 「はいはい」
麻里 「どうして私ばっかり、こんな目に遭うんだろう? もうイヤだ……耐えられないよ……」
カウンターに突っ伏し、しくしくと泣き始める麻里。
つづく
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