アンラッキーガール 07
1 バー〈孔雀〉(承前)
麻里 「ありがとうございます。少し楽になりました。もう大丈夫です」
立ち上がり、店内に戻ってくる麻里。その後ろにルカも続く。
茜 「麻里。大丈夫?」
麻里 「うん……飲みすぎたみたい。ちょっと外の風を浴びてくるね」
そのまま店の外へ出ていく麻里。ルカはテーブル席へ戻る。
ルカ 「(こっそり麻里の財布を取り出して)一枚、二枚、三枚、四枚、五枚……五万円。儲けた、儲けた。明日は分厚いステーキに高級赤ワインだ」
麻里 「(店の外で夜風を浴びながら)ああ、気持ちいい!」
上手から富子登場。
富子 「あら、かわいらしいお嬢さん」
麻里 「かわいらしいって……え? 私のこと?」
富子 「かわいい女の子がこんなところで一人立ち尽くしているのは感心しませんね。飢えた狼に襲われてしまいますよ」
麻里 「私、魅力ないから……そんなことにはならないと思います」
涙を拭う麻里。
富子 「なにか悩み事がありそうね」
麻里 「いえ、べつに……」
富子 「嘘おっしゃい。あなたの守護霊様が教えてくださっているわ」
麻里 「……守護霊? そんなものが見えるんですか?」
富子 「申し遅れました。私、スピリチュアル富子と申します」
麻里 「スピリチュアル……富子?」
富子 「ときどき、深夜のTV番組にも出演しているんですが、観たことありませんか?」
麻里 「あ……すみません。私、夜はすぐに寝てしまうので……」
富子 「あなた……お顔をこちらに近づけてくださる?」
麻里 「え……あ、はい。こうですか?」
富子に顔を使づける麻里。富子は数珠を取り出し、それを麻里の顔に近づける。怪しげな呪文を唱え始める富子。
富子 「あなたの守護霊は……あら、これは素晴らしい。小野小町です」
麻里 「小野小町って百人一首とかに出てくるあの小野小町ですか?」
富子 「歌はお好きですか?」
麻里 「あ……はい。ジャニーズ系はよく聴きますけど」
富子 「やはりそうですか。あなたには歌を作る才能があります。三年後には作詞家としてデビューし、がっぽがっぽと大金を稼ぐようになるでしょう」
麻里 「がっぽがっぽと……この私がですか?」
富子 「それだけではございません。五年後、ジャニーズ事務所からデビューした大型新人と恋に落ち、結婚することになります」
麻里 「ジャニーズと結婚……(幸せそうな笑みを浮かべて)嘘……夢みたい」
富子 「ただ、ひとつ困ったことがございまして」
麻里 「え? なんですか?」
富子 「あなたの守護神である小野小町様はまだ完全には目覚めておりません。このままだと、ただあなたの背後にとり憑いているだけで、なんの幸福ももたらしてはくれないでしょう。作詞家としての才能が開花することも、ジャニーズの大型新人と結婚することもありません」
麻里 「え? え? そんな……せっかく立派な守護神様が憑いてくださっているのにもったいないです。どうにかならないんですか?」
富子 「簡単なこと。守護神様を目覚めさせればよいのです」
麻里 「どうすれば小野小町は目覚めるんでしょう?」
富子 「この数珠です」
麻里 「……数珠」
富子 「これには霊的なパワーがこめられております。絶えず身に着け、一日三回、心をこめて撫でれば、小野妹子は必ずや目を覚ますでしょう」
麻里 「小野妹子? 小町じゃなくて?」
富子 「あ……いえ……失礼しました。小野小町の背後に小野妹子の姿も見え隠れしておりましたので……」
麻里 「小野妹子も私の守護神様なんですか?」
富子 「はい。姉妹仲良く、あなたをお守りしているようです」
麻里 「姉妹? 小野妹子は男性ですけど」
富子 「あ。どうやら妹子は女装が趣味だったみたいで……」
麻里 「小野小町は平安時代、小野妹子は飛鳥時代……生きていた時代も全然違うはずですが」
富子 「時代も性別も超えて姉妹となる――それが守護霊様のスピリチュアルなところでございます」
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?