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VOCADOL 43

FILE.007 時の館殺人事件(4)

▼MAP007-3 時田邸

(玄関)

【杏音】
「298……299……300……やっと着いたあ……」

【kokone】
「もうダメ……太ももがパンパンになっちゃった」

【メルリ】
「kokoneまで? 情けないわね、これくらいのことで」

【kokone】
「メルリは汗ひとつかいてないんだね。さすがだなあ」

【メルリ】
「あなたたちと違って、あたしはトレーニングに余念がないから」

【メイ】
「お疲れ様でした。しばらくの間、大広間でお待ちいただけますでしょうか」

【メルリ】
「あ……うっ!」

【杏音】
「メルリ。いきなりふくらはぎを押さえてどうしちゃったのお?」

【メルリ】
「な、なんでもないわ」

「あたしはしばらく、ここからの景色を楽しんでるから、先に行っててもらえる?」

【kokone】
(無理しちゃって……) 

(大広間)

【メイ】
「申し訳ございません。すぐにお飲み物をお持ちしますので、しばらくこちらでお待ちください」

【kokone】
「時田さんは今どちらに?」

【メイ】
「午後8時まで音楽鑑賞をなされております」

【メルリ】
「音楽鑑賞? 妹が亡くなられたのに?」

【メイ】
「時田様は時間に大変厳しく、たとえなにが起ころうと、一度決めたスケジュールは絶対に守り通されるおかたですから」

「創業者であるお父様が亡くなられたときもそうでした。毎晩午後7時からの1時間は音楽鑑賞を行なう日課となっております」

「私がメイドになってから5年間、一度も欠かしたことはございません」

(時の間)

【星霜】
「お待たせしちゃってごめんなさい。さあ、どうぞこちらへ」

【杏音】
「……うわあ。アンティーク時計がいっぱい」

【kokone】
「しかも、ちゃんと動いてるんですね」

【星霜】
「どう? 私のコレクションは」

【メルリ】
「すごい……まさに芸術品ね」

【星霜】
「どの時計も、熟練の職人が手作業で仕上げたものばかりよ。1台完成させるのに、想像を絶する手間と時間がかかっているの」

【杏音】
「全部、正確な時刻を示しているけど……乾電池で動いているのかなあ?」

【星霜】
「まさか。動力はゼンマイよ」

「ほら。文字盤に小さな穴が空いているでしょう? あそこへ鍵を差し込んでゼンマイを巻くのよ」

写真2

【杏音】
「へえ、面白そう。あたしもやってみたいなあ」

【星霜】
「悪いけどそれはムリ」

「ここにある時計はみんなとても繊細でね、ちょっとした湿気やほこり、あるいはわずかな衝撃で壊れてしまうの」

「だから、私以外の人間には絶対に触れさせないことにしてるってわけ」

「とくに、ゼンマイを巻くときは気をつけなくちゃならないわ」

「巻きすぎて切れてしまったらオシマイだし、巻くのを忘れて伸びきってしまってもアウト」

「最近では、もとどおり修理してくれる職人もすっかり減ってしまったから、ものすごく慎重に扱わなくてはならないのよ」

【kokone】
「うわ。そんなふうに聞いたら、おちおちくしゃみもできなくなっちゃう」

「うっかりゼンマイを巻き忘れてしまうことはないんですか?」

【星霜】
「それなら大丈夫。毎日、午後9時から9時半までの30分間をゼンマイ巻きの時間と決めているから」

【杏音】
「……メルリ、どうしたの? さっきからあの金色の鳩時計ばっかり見つめて」

【メルリ】
「どれもすごいと思うけど、その中でも群を抜いて、あの鳩時計は魅力的ね」

【星霜】
「あら。あなたはなかなか見る目がありそうね」

「それは私の一番の宝物……いいえ、私の命そのものといってもいいくらいだわ」

「世界有数の時計職人が、最高級の素材と技術で造り上げた世界にたったひとつしかない奇跡の鳩時計よ」

※ゼンマイ鍵のアップ。鳩のキーホルダーが取りつけてある。


つづく

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