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アンラッキーガール 08

1 バー〈孔雀〉(承前)

麻里  「なんだかよくわかりません」

富子  「最初は皆様、そうおっしゃいます。しかし、この数珠を持ち歩けば、やがてすべてが明らかになるでしょう。きっと世界が変わるはずです」

麻里  「世界が変わる……こんな私でも幸福になれるんですか?」

富子  「もちろん」

麻里  「その数珠、おいくらなんでしょう?」

富子  「税込み十五万円でございます」

麻里  「やっぱりそれくらいするんですね。ほしいですけど……今、そんな大金は持ってませんし……」

富子  「今日はいくらほどお持ちですか?」

麻里  「五万円くらい……」

富子  「ちょうど今、令和特別キャンペーンを行っておりまして、普段は十五万円のこの水晶をなんと五万円で販売いたしております」

麻里  「買います! ください!」

 コートのポケットに手を入れる麻里。

麻里  「財布、財布……あ、このコート、私のじゃないんだった。(コートを道端に脱ぎ捨てる)ちょっと待っててくださいね。すぐに財布を出しますから。(ポケットを探る)あれ? おかしいなあ? 財布、どこだっけ? (帽子を脱いで振ってみる)」

富子  「どうされました?」

麻里  「財布が見当たらなくて……たぶん、トイレだと思います。すみません。ここで待っていてもらえますか? すぐに持ってきますので」

 店内に戻る麻里。

   「麻里、お帰り。ちょっとは酔いも冷めた?」

麻里  「それどころじゃないの。私、小野小町と小野妹子がとり憑いてて、三年後には作詞家になって秋元康みたいに印税でがっぽがっぽ儲けて、五年後にはジャニーズのイケメンと結婚して……」

   「ダメだ。まだ酔っぱらってる」

麻里  「本当なんだってば」

   「いったん落ち着こうか。ママ、お水」

翔子  「はい、どうぞ」

 テーブルにグラスを置く翔子。謎の客がそのグラスの中身を飲み干し、代わりにカウンターの上に置いてあったウィスキーをなみなみと注ぐが、誰もその行動に気づかない。

   「一体、なにがあったのか落ち着いて話してくれる?」

麻里  「だから、私は小野小町なの」

   「違うよ。あんたは小野小町じゃなくて日向麻里」

麻里  「そんなことはわかってるってば。そうじゃなくて私の守護霊様が――」

   「ダメだ、こりゃ。ほら。水を飲んで酔いを覚まして」

 麻里、言われたとおりにカウンターの上の水(実はウィスキー)を一気飲み。

麻里  「あれ? これ水じゃない。お酒……」

 千鳥足で店内を歩き回り、カウンターの奥に倒れこむ麻里(客席から姿が見えなくなる)。

   「麻里!」

翔子  「麻里ちゃん!」
 
 カウンターの奥にしゃがみこむ翔子。麻里の様子を確認して、すぐに立ち上がる。

翔子  「気持ちよさそうに眠ってる。しばらくこのままにしといてあげようか」

   「まったく人騒がせなんだから」

 店の外で麻里が戻ってくるのを待つ富子。

富子  「まさか、こんなにも簡単に騙されるとはね。ちょろい、ちょろい。……それにしても遅いわね。あの子、なにやってるのかしら? (腕をさすりながら)寒っ! 早くしてくれないと風邪ひいちゃうじゃない。(道端に脱ぎ捨てられたコートと帽子を見下ろして)ついでにこれもいただいていこうかしら。見るからに高級そうだし。売ればいいお金になりそう」

 コートと帽子を身に着ける富子。

富子  「あら、あたしにぴったり」

 嬉しそうにポーズを決める富子。

つづく

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