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フォスター・チルドレン 61

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(7)

3(承前)

「それは……」
「いいの。別にあなただけを責めているわけじゃないから。引っ越しをしたあとも、あたしの状況は変わらなかった。事件のことを知ると、みんな手のひらを返したように態度を変えた。冷たくされる――無視されるのはそれほどつらくない。一番我慢できなかったのは、あたしを哀れんで、あたしに援助しようとする人たち。タチの悪いことに、そういう人たちは、自分がどれほど残酷なことをしているかってことにまるで気がついていない。『頑張って』という言葉がどれだけあたしの胸をえぐっているかわかっていないの。ホント、反吐が出そうだった」
 朋美はそこでいったん言葉を止め、小さく息を吐いた。
「そんなとき、あたしの前に現れたのが葉月さんだった。葉月さんは高校のとき、あたしが密かに思いを寄せていた男の子によく似ていて……ぶっきらぼうで不器用で、でも優しくて……そして寂しい人で……スナックで何度か顔を会わせたわ。葉月さんはあたしのことを特別視しなかった。葉月さんの前でだけ、あたしは心の底から安らぐことができた。だから、彼が大阪を出てこの町へ来ると聞いたとき、あたしはなんのためらいもなくついていくことにしたの」
「この町へ戻ってくる前から、葉月のことを知っていたのか?」
 朋美は頷いた。
「葉月のこと、好きなのか?」
「ええ、好きよ」
 朋美はきっぱりと答えた。
「葉月さんは欺瞞や自己満足じゃなく、心の底からあたしを守ってくれる。あたしの大切な人よ。あたしはあの人と結婚するの。あの人と幸せな家庭を築き上げるの。あたしの夢なの。あたしは暖かい家庭がほしいの。……どうして邪魔をするの? あなたのお父さんもあたしの夢をぶち壊そうとした。葉月さんと別れろってあたしに説教した。大きなお世話。あの人にあたしの夢を奪う権利なんてない」
 朋美の悪魔的な笑みが再び、表情に現れる。
「ひょっとしたら葉月さんがあなたのお父さんを殺してくれたのかもしれないわね」
 朋美の笑顔が信じられなかった。本当に悪魔にとりつかれたのだと思った。
「葉月さんも、何度かあなたのお父さんに補導されているの。彼が大麻をやっていることに、薄々勘づいていたみたい。だからあたしに別れろと――」
「大麻――葉月は大麻をやってるのか?」
 信じられなかった。女子高生に大麻や覚醒剤が広がっているという話は雑誌の記事などでよく目にしたが、身近な話だとはとても思えない。
「まさか、君もやっているんじゃないだろうな?」
「やっていたらどうだっていうの? あなたもあたしを説教するわけ? どうして? あたしを立ち直らせて、それであなたになんの得があるの? いいことをした――俺は一人の哀れな少女を救ってやった――そんな自分勝手な満足感?」
「どうしてひねくれた考え方をするんだ? 単に君が心配なだけだ」
「それが余計なお世話なのよ!」
 朋美は喉が裂けるのではないかと思えるほどの大声を張りあげた。

つづく

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