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アンラッキーガール 05

1 バー〈孔雀〉(承前)

 トイレから出てくる菜々美。店内をゆっくりと歩きながら、まずルカの顔を覗きこむ。

ルカ  「なに、あんた? なんか用?」

菜々美 「いえ……ごめんなさい。素敵な服を着ているなと思ってつい」

 カウンターのほうへ移動する菜々美。次に茜の顔を覗きこむ。
 
   「なにか?」

菜々美 「あ、ゴメンなさい。人違いでした」

 続いて、麻里の顔を確認しようと不審な動きを見せる菜々美。しかし、麻里はカウンターに突っ伏しているため、顔がうまく確認できない。

   「私たちになにか用ですか?」

菜々美 「いえ……そういうわけでは……」

翔子  「はい、フーコちゃん。おかわりだよ」

麻里  「(顔を伏せたまま)ありがとう……ママ」

翔子  「こら、フーコ! しっかりしろ!」

菜々美 「フーコ……違ったか」

 カウンターを離れ、テーブル席に座る菜々美。

菜々美 「ママ。血のように真っ赤なカクテルをひとつお願いできますか」

 菜々美、スマホを手に取る。

菜々美 「着信履歴。タケル、タケル、タケル、タケル……んもう、鬱陶しいなあ。何度かけてきたら気がすむの? あ、メッセージも入ってる。〈麻里とは別れた。だから絶対に手を出すな〉……バーカ。そんなの信用できるわけないじゃん」

 スマホを放り出し、テーブルの上に置いてあった雑誌を読み始める菜々美。

麻里  「ノーレイン、ノーレインボー? つらいことのあとには楽しいことが待っている? そんなの信じられない」

   「麻里――じゃなくてフーコ、それ何杯目? ちょっと飲みすぎなんじゃない?」

麻里  「私のお母さん、二年前に癌でなくなったんだ。お父さんが死んだあと、女手ひとつで私を育ててくれて……私が学校を卒業して、ようやくこれから自由な時間を過ごせるってときに癌が見つかったんだよ。ひどくない? お母さんの人生、ずーっとどしゃ降り。虹が出る前に死んじゃった。私もお母さんと同じ。どしゃ降りのまま、人生が終わっちゃうんだ」

   「自分が癌だとわかったとき、お母さんはどんな感じだった? 今のあんたみたいに『自分は世界一不幸な女だ』って愚痴をこぼしてた?」

 黙って首を横に振る麻里。

麻里  「お母さん……いつも笑ってた。『幸せさんは笑顔を見るのが大好きだから、笑ってさえいれば、必ず向こうからやって来るよ。大丈夫、大丈夫』って」

 頭の上に両手で大きな丸を作る麻里。

   「なにそれ?」

麻里  「お母さんのクセ。泣いてる私をいつもこうやって励ましてくれたの。『なんにも心配いらないよ。笑っていれば大丈夫』って(『大丈夫』のところで頭上に丸を作る)」

   「素敵なお母さんだったんだね」

麻里  「……うん」

   「じゃあ、麻里もお母さんみたいに、苦しいときこそ笑わなくっちゃ」

麻里  「そうだね……茜のいうとおりだ。笑っていれば大丈夫。(頭上に丸を作る)……私、ちゃんと笑顔、作れてるかな」
 
   「バッチリ」

麻里  「ありがとう、茜。少しだけスッキリした」

   「よかった」

麻里  「やっぱり持つべきものは親友だね。茜が友達で本当によかった。知り合ってそろそろ一年だっけ?」

   「来月でちょうど一年かな?」

麻里  「会社から帰る途中でいきなり声をかけられたときは、てっきり宗教の勧誘かなにかだと思ったのに」

   「だって、今にも死にそうな顔で歩いてたんだもん。誰だって心配になるよ」

麻里  「あのときも、課長にこっぴどく怒られて落ちこんでたんだったかな? 茜に励まされて……考えてみたら、この一年間、茜にはずっと励ましてもらってばかりだね。どうもありがとう」

   「どういたしまして」

つづく

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