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下手の横スキー06

第6回 あいにくの雨で

 梅雨の季節となりました。
 来る日も来る日も雨ばかり。
 じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじぬじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
 えーい、鬱陶しいわいっ! おまけに、「じめ」じゃなくて「じぬ」がひとつだけ混じってたりするし。なんだよ、「じぬ」って。

 じぬい【地縫い】
 二枚の布を印どおりにしっかり縫い合わせること。普通、袋縫い・飾り縫いなどで、最初にミシンで縫い合わせることをいう。
                 (『大辞林』第二版より)

 ひさしぶりにわけのわからぬオープニングとなりました。「おい、こんなところにカビが生えてるぞ。梅雨どきは湿気が多いんだから気をつけてくれなきゃ」「こりゃ、失敬」──脳味噌にカビが生え、駄洒落にもいまひとつキレがない黒田研二です。キレがないのは、いつもどおりって気もするが。

 さて、スキーヤーの大半が毛嫌いするものってなんだかわかりますか? 吉野家? 松家? それは「すき家」の大半が毛嫌いするものだな。ライバル店だから。

 もとい。

 マナーの悪い客が嫌い。あんまり美味しくないくせに、値段だけはやたらと高いゲレ食が嫌い。暖冬の原因になってるエルニーニョ現象が嫌い。ハラペーニョは好きだけど。……などなど、いろいろあるとは思うんですけど、やはり最大の敵は「雨」なんじゃないかなあと、梅雨空を眺めながらぼんやりと考えてみたわけです。

 程度の問題もありますけど、大雪や強風、濃霧などの自然現象はまだ許せるんですよね。それらの悪条件にへこたれて、「今日は天気が悪いから、温泉でのんびり過ごそう」なんて考える人は、まだまだスキー馬鹿とはいえませぬ。荒れ狂う吹雪の中、顔の半分が凍傷になるまで滑り続けた我がスキークラブのTさんを見習いたいものですな。ってゆーか、それは危ねーよ。耳なんて、紫色に変色してたし。皆さんは決して真似しないよーに。

 さてさて、そんな感じで、ちょっとやそっとの悪天候など屁とも思わぬ猛者たちが、僕の周りには大勢集まっているんですが、そんな彼らもゲレンデに雨が降ると、さすがにテンションが下がってしまうみたいです。
 まあ、そりゃそうですわな。スキーウェアは、あっという間にぐしょ濡れ。防水加工を施した新品であっても、長時間雨に打たれたら、まったく役に立ちません。リフトに乗れば、今度はお尻がぐっしょり濡れて、パンツの中はほとんどお漏らし状態。気持ち悪いったらありゃしない。身体も冷えて、痔だって悪化しちゃいます。

 スキーグローブなんてすごいですよ。ほんの少し握っただけで、ぽたぽたと水が垂れてくるんですから。マジシャンがなにもない手のひらから水を出したりしますけど、種も仕掛けもナシにそのマジックを実演できます。誰も驚きませんけどね。

 雪じゃなくて雨が降っているということは、要するに気温が高いわけですから、当然ゲレンデのコンディションも最悪。スキー板に塗ったワックスもあっという間に流れ落ちてしまい全然滑らなくなるし、ゴーグルにはひっきりなしに雨粒が降りかかってよく見えない。そのうち、滝に打たれる修行僧のような気分になってきます。

 ゲレンデって、背景が雪で真っ白ですから、降っている雨がよく見えなかったりするんですよね。だから、雨量が正確に把握できない。たいていは、思っているよりもたくさんの雨に打たれていることが多いです。小雨かな? と思ったときには結構な勢いで降っているわけで、「うわあ、本降りになってきたなあ」と感じたら、そりゃあもう土砂降りです。滑り終えて宿に帰ったあと、窓から外を見て、「え? こんな豪雨の中を滑ってたの?」と唖然とすることもよくあります。うーん、それでも風邪をひかないんだから、人間って丈夫にできてるんだなあ。感心してる場合か。

 そんなこんなで、雨のスキーはひじょーに憂鬱。出発前から雨がざんざんと降っていたらまだあきらめもつきますけど、曇り空が続くのか、それとも途中から雨が降り出すのか、なんともはっきりしない天気のときは、ホント困っちゃいます。ふもとでは雨が降っていても、山頂付近は雪ってこともよくある話で、だからなんとも判断のしようがないときには、雨に備えて重装備で出かけることになります。

 雨の日の必需品。
 まずは、スキー用ポンチョ。ってゆーか、いわゆるカッパですな。貧乏学生の頃はポンチョを買うお金が惜しくて、ゴミ袋をかぶって滑ったりもしていました。しかし通気性ゼロなので、ほとんど蒸し風呂状態。どんなかっこいいスキーヤーが着てもテルテル坊主みたいになっちゃうんで、よっぽどの事態にならなければ着ることはないと思います。

 次に、ポケットティッシュ。これは大量に持っていきましょう。濡れた顔やゴーグルを拭くときに必要です。ハンカチやタオルを持っていけばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、ちっちっちっ、甘いですぞ。身につけているものはすべてずぶ濡れになってしまうので、ハンカチもタオルもただの濡れ雑巾になっちゃいます。ポケットティッシュなら、ビニールに包まれているので安心。

 さらに忘れちゃいけないのが、小銭。ハンカチやタオルと同様、お札もびっしょり。自動販売機では絶対使えません。雨の日には小銭をじゃらじゃらと持ち歩きましょう。スキーウェアは水を吸ってずっしりと重くなってますから、小銭の重さなんてたいして気になりません。

 さてさてさて、レイニー・スキーといえば、数年前の乗鞍高原スキー場を思い出します。

 1日目は爽やかな晴天に恵まれたのですが、翌日は一転して横殴りの雨に。こんな状態じゃあ滑るのは無理だろうとあきらめていたところへ、スキーウェアに着替えた豪傑Uさんがやって来て、「さあ、行くぞ」と急かします。
「ええ? この雨の中を滑るんですか?」
「これしきの雨でひるんでどうする! リフトが動いている限り、我々スキーヤーは滑らなくちゃならないんだ!」
「ポンチョはかぶらないんですか?」
「必要ない! ポンチョなんて着たら、動きにくくなるだろう? 風の抵抗だって受けるからスピードも落ちるし、そんな軟弱なアイテムは置いていくべし!」
 をを、なんて男らしいんだ。Uさんの勢いに引きずられ、僕たちはポンチョもかぶらずに大雨のゲレンデへと向かったのでありました。
 当然のことながらゲレンデはガラガラ。かろうじてリフトは動いてましたけど、こんな悪天候で滑ろうと思う物好きなんて、僕ら以外には誰もいません。
「あの……本当に滑るんですか?」
「もちろん!」
 Uさんはさっさとリフトに乗り込んで、山頂へ向かいました。こうなったら僕らもつき合うしかありません。しぶしぶあとに続きます。
「それにしても、Uさんの意気込みはすごいなあ。あれくらいの情熱がないと、Uさんみたいには上達しないのかもなあ」
「うん、そうだな。僕も見習わなきゃ」
 Uさんの背中が、いつもより大きく見えました。
 山頂までやって来れば、もしかしたら雨が雪に変わっているんじゃないかと、少しは期待したんですが、まったくダメ。それどころか、雨の降りはますます激しくなってます。
 Uさんの姿を探すと、すでにゲレンデを降りていこうとしているところでした。
「こんな雨の中を平然と……。やっぱりUさんはすごいなあ」
 感心しながら彼の姿を眺めていると……え?
 ウェアの中から、突如こうもり傘を取り出すUさん。
「……なんだ?」
 傘には、僕らが泊まっている旅館の名前が大きく記されておりました。おいおい。
 右手で傘をさし、左手にストックを持ったスタイルで、Uさんは急斜面を颯爽と降りていきます。
「あの人は一体、なにを考えてるんだ?」
 スキーのスピードに、傘が耐えられるはずもありません。まもなくバキッと鈍い音がして、傘の骨が逆方向に折れ曲がりました。
「うおっ、壊れた! ぎゃっ! 濡れる、濡れるううううっ! ひいっ、冷てえっ!」
「……あの人は放っておいて、レストハウスで珈琲でも飲もう」
 雄叫びをあげるUさんを残し、僕たちはぞろぞろとレストハウスへ向かったのでした。
 傘をさしたままゲレンデを滑降するスキーヤーを目撃したのは、後にも先にもこのときだけです。……Uさん、お元気ですか?

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