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CASE23 農作業機殺人事件《問題編》

 町はずれにひっそりとたたずむ巨大倉庫。その中で、一人の若者が殺害された。というわけで、今日もまた銭山警部が現場に急行する。
「なに、ここ? ずいぶんと埃っぽいわね」
 倉庫に足を踏み入れるなり、げほげほと咳き込む警部。
「もともとは農作業機器を保管する倉庫だったようですが、十年前に田畑をすべてつぶしてマンションを建ててからは使われることがなくなり、以降、誰も足を踏み入れていないとのことです」
 黒田刑事が手帳を見ながら説明する。
「あら、もったいない。これだけ広ければ、ずいぶんとマニアックなプレイだってできるのにねぇ
「マニアックなプレイ?」
「真っ裸にひんむいた黒田ちゃんを天井から鎖で逆さ吊りにして、振り子みたいに揺らすの。『だずげでぐで~、おがあぢゃ~ん』って泣き叫ぶ黒田ちゃんからこぼれ落ちる涙とよだれを浴びて、快感に打ち震えるっていうプレイよ」
「それ、マニアックすぎませんか?」
「で、振り子になって揺れている黒田ちゃんに向かって大声で叫ぶわけ。『ねえ、よだれが出てるわよ! みっともないから拭~こう』。これが世にいう『フーコーの振り子』。うぷぷぷぷ。イヤだ、あたしったら今日も冴えてるうっ! ぜにーちゃん、絶好調!」
「……無視して、話を進めますね。被害者は窪田寅雄(くぼた・とらお)。このだだっ広い倉庫の片隅で、大量の血を流して死んでいました。いや、それがもうひどいありさまでして。一体、どんなふうに殺したらこんなことになるのかと思うくらい、全身がメチャクチャになっていました」
「もしかして、マニアックなプレイを楽しんでいたのかしら?」
「たぶん、違います。……被害者はこのあたりでは有名なチンピラで、町の人たちには快く思われていなかったみたいですね」
「犯人の目星は?」
「すでについています。被害者に大金を騙し取られ無一文となった井関早苗(いせき・さなえ)。彼女は日頃から、『窪田を殺してやる』と口にしていたそうです。身の危険を感じた被害者は、三日前から舎弟と共にこの倉庫へ立てこもっていました。買い物に出かけた舎弟が、数十分後に倉庫へ戻ってくると、すでに被害者は冷たくなっていたとのこと。その際、倉庫から逃げていく早苗さんの姿を目撃したようです。倉庫の扉からは彼女の指紋も見つかっています」
「じゃあ、その女が犯人で決まりじゃない」
「いえ。それがいくつか問題がありまして」
「その女、マニアックなプレイが嫌いだったとか?」
「いい加減、プレイの話から離れてください。……容疑者の早苗さんは線の細い女性です。果たして、被害者をあそこまでメチャクチャに殺す力があったかどうか」
「一体、どんなふうに殺されていたわけ? もうちょっと詳しく教えてもらえる?」
「メチャクチャ以外に表現のしようがありません。鑑識の話だと、耕運機のようなものに轢かれたあと、田植え機のようなもので突かれ、さらに稲刈り機のようなものに全身を切り刻まれなければ、こんなことにはならないとのことでした」
「だったら、そうやって殺されたんじゃないの?」
「でも、現場にそのような農作業機はいっさい置いてありませんでした。一文無しの早苗さんに耕運機や田植え機を入手するお金があったとも思えません。それに、ほらよく見てください」
 黒田刑事が倉庫の入口を指差す。
「倉庫の入口は、人が一人入れる程度の広さしかないんですよ。耕運機や田植え機を運び込めたがはずがありません」
「外で殺されてからここへ運び込まれた可能性は?」
「それもありません。舎弟の話だと、被害者はひどく怯えていて、絶対に外へ出ようとしなかったそうですから。たまった埃を外へ出そうと扉を開けただけでも、『早く閉めろ! 早苗が来る!』と怒鳴られたとか。埃にまみれた生活を続けていたため、くしゃみが止まらなかったと、舎弟は愚痴をこぼしていました」
 黒田刑事の言葉を耳にするなり、
「わかったぴろぴろぴろぉぉん。ぜにーちゃん、あったまいいぃぃ!」
 銭山警部はいつもどおりの決まり文句を口にした。
「真相がわかったんですか?」
「モチのロンよ。井関早苗はやっぱり、耕運機と田植え機と稲刈り機で窪田寅雄を殺したんだわ」
「でも、どうやってそんなものを持ち込んだんでしょう?」
「それはね」
 警部はにこりと笑って、先を続けた。

《ぜにーちゃんからの挑戦状》
 井関早苗は耕運機、田植え機、稲刈り機をどうやって倉庫内に持ち込んだのかしら? あなたも推理してみてね。うふ。

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