アンラッキーガール 15(終)
1 バー〈孔雀〉(承前)
翔子 「国を守るために利用できるって……どういうこと?」
茜 「たとえば日本に向けて核ミサイルが発射されたとします。ミサイルの到達予定地に麻里を連れて行ったらどうなると思いますか?」
翔子 「麻里ちゃんの身に危害が及ぶことは絶対にないから、ミサイルは不発のまま?」
茜 「たぶん、そういうことになるでしょう。国を守るために、日向麻里の特殊能力は必要不可欠なんです。だから、公安警察は秘密裏に彼女の身辺を警備することになり、私がその任務を請け負うことになりました。もちろん、麻里に本当のことは話していません。私は彼女に近づき、友達のふりをして麻里を見守っているんです。……いえ、友達のふりではありませんね。今では本当に仲良くなってしまいましたから」
サツキ 「その話が本当だとすると、我々が入手した〈このビルにいる世界を動かすほどの権力者〉っていうのは……」
茜 「(麻里を見て)この子のことでしょうね」
翔子 「麻里ちゃんが世界を動かす権力者? ちっともそんなふうには見えないけどね」
麻里 「(寝言で)お母さん……もうお腹いっぱい……これ以上、食べられないよ」
翔子 「この子、寝言をつぶやいてるよ。のんきなもんだねえ」
パトカーのサイレン音。
暗転。
2 バー〈孔雀〉 一時間後
店内には三人。荒れた店内を掃除する翔子。カウンター席で眠り続ける麻里。カウンター席に座ったまま動かない無言の客。
麻里 「う……ううん。(目を覚ます)え? (周囲を見回し)なにこれ? どうして店の中がこんなにもめちゃくちゃになっちゃってるの?」
翔子 「ああ、麻里ちゃん。ようやくお目覚めかい? 冷たい水でも飲む?」
麻里 「あ……はい」
カウンターに戻った翔子からグラスを受け取る麻里。水を一気に飲み干す。
麻里 「私が酔いつぶれている間になにがあったんですか?」
翔子 「いろいろあったけど……麻里ちゃんはなにも知らないほうがいいかもねえ」
麻里 「え? なに? どういうこと? 私……もしかして酔っぱらってなにかやらかしちゃったとか?」
翔子 「いや、そういうわけじゃないけど……」
麻里 「じゃあ教えてください。どうして店の中がこんなことになってるんですか?」
翔子 「それは……えーと……なにから話せばいいのやら……」
麻里 「やっぱり私がなにかやらかしたんですね。ゴメンなさい! 壊したものは必ず弁償しますので……」
翔子 「ああ、それは大丈夫。茜ちゃんからお金はもらってるから」
麻里 「茜から? やっぱり私が暴れたんだ。本当にゴメンなさい。ご迷惑をおかけしました。申し訳なくて、ママの顔をまともに見ることができないので、今日はこれで失礼します」
逃げるように店を飛び出していく麻里。
麻里 「私、一体どんな酔っぱらい方をしちゃったんだろう? あーあ。お気に入りのお店だったのに、もう二度とここへは顔を出せないや。ついてないなあ。やっぱり私は世界一不幸な女だ……」
ため息をつく麻里の背後から、ナイフを持った菜々美が近づいてくる。
麻里の背中にナイフを突き刺そうとする菜々美。店内にいた無言の客が立ち上がり、指先を動かすと、菜々美の腕がおかしな方向に捻じ曲がる。
菜々美 「え? なに? からだが勝手に……あ……いやあああ!」
何者かに操られるように退場する菜々美。麻里はいっさい、菜々美の存在に気づかない。
麻里 「落ちこんでてもしょうがないや。明日はきっといいことがあると信じて頑張るしかないよね。ノーレイン、ノーレインボー。(頬を叩いて笑顔を作り)……さ、帰ろうっと」
麻里、退場。
翔子 「(無言の客に向かって)今のもあんたの力なのかい?」
無言でうなずく客。
翔子 「あんた、ただの幽霊かと思ってたけど、ものすごい力を持ってるんだね。これまで麻里ちゃんを守ってきたのも、全部あんたなんだろ? もしかして麻里ちゃんの守護霊なのかい?」
翔子の質問には答えず、店を出ていこうとする客。
翔子 「守護霊さん。あの子、打たれ弱いところがあるから、これからもしっかりと守ってあげておくれよ」
翔子のほうを振り返り、ゆっくりと頭の上に円を作る無言の客。
暗転。
ドアベルがチリンと鳴り響く。
終わり
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