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銭山警部の事件簿(ロングver.)02

消えたデリンジャー02

 100キロはあるだろう巨漢に抱きつかれて、僕はその場にへなへなと尻餅をついた。大男はべろんべろんと軟体生物のように舌を動かしながら、なぜか僕のベルトをはずしにかかっている。
「ちょ、ちょ、ちょっとなにやってんですか? 警部、助けてくださいっ! 黒田警部っ!」
「黒田警部――?」
 男の動きが止まった。僕の顔をじっと見つめたまま動かない。
「ぶぶっ!」
 僕は思わず口を覆った。げじげじ眉毛に団子っ鼻。たらこ唇の周りに生えた剛毛ひげ。――どこから見てもマッチョな不細工親父なのに――それなのに派手な化粧を施している。――おかまだ。これ以上はないってくらいの典型的なおかまだ。
「あら、よく見たら、あんた黒ちゃんじゃないじゃない」
「ひさしぶりです、銭山さん」
 すぐ横で、警部が松方弘樹ばりの渋い声を出す。
「きゃああああっ! 黒ちゃん、おひさああああっ!」
 大男は甲高い声をあげると、今度は黒田警部に飛びついていった。
「銭山さん、くすぐったいですよ。銭山さんってば」
 さすが警部。満面の笑顔で男に舐められ続けている。まるで子犬とじゃれ合っているようだ。いや、もちろん大男の姿を見なければの話だが。
「喜びのポォォォズっ!」
 男は警部の顔をなめ回しながら、かくかくと腰を振り続けた――。

 どんな難事件もたちどころに解決してしまう「日本のホームズ」――銭山幸男を知らない人はまずいないだろう。僕が刑事になったのも、幼少の頃からずっと彼に憧れていたからだ。
 その男が目の前にいる――とはにわかには信じがたい。いるのはただの汚いおかまだ。だが尊敬する黒田警部が必要以上に低姿勢で接するのを見ると、どうやら嘘でもないらしい。
「――で、一体どんな事件が起きたわけ?」
 ずずずっ――と中華鍋いっぱいのラーメンをすすりながら銭山がいった。
「さすがです。なにもかもお見通しってわけですね」
 警部が部屋中に転がったカップヌードルの空容器を拾いながら答える。
「だって、黒ちゃんがあたしの家を訪ねてくる理由なんて、それくらいしか思いつかないじゃない。その若い男をあたしにくれるってわけじゃないんでしょう?」
「気に入ったならあげましょうか?」
「え? いいの?」
 じゅるるん――と麺をすすりあげ、銭山が僕の顔を見る。僕はぶんぶんと首を横に振った。
「よく見るとタイプだわぁん。可愛い顔してるじゃない」
 片目をつぶって唇を突き出す。ラーメンが喉に詰まったのかと思った。それがウインクだとわかったのはもっとあとのことだ。
「よかった。私の目に狂いはありませんでした。銭山さんのタイプだと思って連れてきたんですよ。よかったらどうぞ」
 僕は手みやげ代わりだったのか?
「いやあん。ホント、可愛いわぁん。ぜにーちゃん、感激ぃぃぃっ!」
「いえ、不細工です。とんでもなく不細工です。近づくとあまりの不細工さに失神します」
 僕はそう答え、思いっきりかぶりを振った。

つづく

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