フォスター・チルドレン 86
最終章 ありがとう、さようなら(5)
2(承前)
「だから朋美を殺したのか?」
僕は口をはさんだ。
「朋美が邪魔で……」
「そうじゃない! 俺は朋美に殺意を抱いたことなど一度もなかったさ!」
葉月が右足でフェンスを蹴飛ばす。フェンスはガンッと派手な音を立て、少しだけ外側に曲がった。
「正直、殺意を抱けるほどの気持ちを持っていたなら、俺はもっと早く朋美を捨てていたよ。そうじゃないんだ。朋美には殺意なんて強い感情を抱かせるほどの存在感すらなかったんだよ!」
「嘘をつくな。――コロシテヤル……。そうだ、そう。あんたはあのとき叫んだ。『殺してやる!』と。俺ははっきりと聞いたんだ。あんたは『殺してやる!』と叫んで、朋美をここから突き落としたんだ」
「あの言葉は朋美に対していったものじゃない!」
葉月はフェンスを蹴り続ける。だがそんな彼に、僕は恐怖を感じていなかった。暴れている葉月を見ても、そこにはなにか納得できる部分があった。
「あの日、俺は朋美に呼び出されてここへ来た。なにも置かれていないがらんとした屋上で、あいつは涙を流しながら、俺にキスを求めてきたんだ。なぜか彼女は両腕に消火器を握りしめていた。
『キスして』――もちろん、俺は拒んだ。そんなこと、できるはずがなかった。するとあいつは笑いながらいった。
『窓の外を見なさいよ。あなたがいくら頑張ったって、彼女は振り向いてはくれないわよ』――朋美はフェンスの下を指さしながらいった。俺は朋美の指さした方向に目をやり、そこにあんたたちの姿を見つけたんだ」
息づかいを荒くしながら、葉月が僕を見る。ぞっとするほど悲しい目をしていた。
「あんたたちは抱き合って、そしてキスをしたんだ。幼い頃に目撃したお袋と見知らぬ男が抱き合っているシーン――思い出したくない記憶が俺の心を揺さぶった。かっとなって、頭の中が真っ赤に燃え上がった。……俺はあのときと同じように――俺の大事な人を奪おうとしている男に、攻撃していた……」
「え、じゃあ……」
「そうさ。俺はあんたを――」
葉月は僕に指を突きつけた。
「あんたを殺そうとしていたんだ。殺してやる! ――あの言葉はあんたに向けられたものだったんだよ」
僕は息を飲んだ。
「俺は狂っているんだ。そのことは自覚している。あのときも……俺は頭に血がのぼってなにがなんだかわからなくなり、朋美が手にしていた消火器を奪い取ろうとした。そいつをあんたの頭の上に投げつけてやろうと思った。
だが朋美は消火器を離そうとはしなかった。朋美の力はすごかった。どこからそんな力が出るのか――普段のあいつからは想像できなかった。俺と朋美はしばらくの間もみ合い、ついに俺は――消火器と一緒に朋美を持ち上げていた。そのまま俺は――俺は朋美をあんたに向けて投げつけていたんだよ」
つづく
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