VOCADOL 44

FILE.007 時の館殺人事件（５）

▼MAP007-3 時田邸（承前）

（時の間）

【星霜】
「これが奇跡の鳩時計のゼンマイを巻くための鍵」

「奇跡の鳩時計はちょうど１週間でゼンマイが伸びきってしまうわ。大切な鍵だから、これだけは肌身離さず身につけているの」

「奇跡の鳩時計を絶対に壊すわけにはいかないから、たとえば私が病気になって、１週間以上入院する事態など決してあってはならない」

「両脚を失ったときも、お医者さんにわがままをいって、３日で退院させてもらったわ。あのときは本当にヒヤヒヤしたわね」

「二度とあんな思いはしたくないから、健康には人一倍気をつかっているの。徹底的に時間を守り、規則正しい生活を送っているのもそのためよ」

「烏兎……あの子はそのへんのことがまったくわかっていなかったのね。バカな妹」

【kokone】
「あの……その妹さんのことなんですけど……」

【星霜】
「あら、ごめんなさい。私のコレクションの自慢なんてしている場合ではなかったわね」

「可愛い名探偵さんたち。一体、どこの誰が妹を殺したのか、ぜひとも教えてちょうだい」

「質問にはなんだって答えるわよ」

【kokone】
「ゆうべのパーティーは、新社長も出席される予定だったんですよね？」

【星霜】
「ええ、もちろん。だけど、いつまで経っても現れないから、心配していたの」

「午後９時前に一度電話をかけてみたんだけど、繋がったと思った途端に切れてしまって」

「あの子のことだから、パーティーに遅れたことを私にこっぴどく叱られると思ったのかもしれないわね」

「まさか、そのすぐあとに、強盗に殺されるだなんて……」

【kokone】
「……本当に強盗の仕業なんでしょうか？」

【星霜】
「警察の人はそう話していたけど……え？　あなた、もしかしてなにか気がついたの？」

【kokone】
「実は、ちょっと気になることがありまして……」

「妹さんの腕時計のことなんですけど……」

【星霜】
「ああ。盗まれた腕時計のこと？　昔、お父様からいただいた骨董品よ。古いけど、とても貴重なものなの」

「売れば、たぶん300万円はくだらないでしょうね」

【杏音】
「さ、300万円！　じゅるり……よだれが出てきちゃった」

【メルリ】
「あなたがなにを想像したかは、容易に予測がつくわね」

【星霜】
「私もお父様から同じ時計をいただいて、大切に保管しているわ。これよ」

【メルリ】
「ずいぶんと古ぼけてるのね。ぱっと見た感じだと、ただみすぼらしいだけで、とても高級品には見えないんだけど」

【kokone】
「ちょ、ちょっとメルリ。失礼だよ」

（だけど、彼女のいうとおり、高そうな時計には見えないなあ）

【メルリ】
「この時計が高く売れることを見抜いて、盗んでいった犯人は、時田さんのように相当な目利きだったことになるわね」

【星霜】
「そ……そうとも限らないんじゃない？　犯人がお金に困っていたなら、選り好みなんてしていられなかったはず」

「目についたものを手当たり次第に盗んでいったのかもしれないわ」

「……質問はそれだけかしら？」

【kokone】
「あの……妹さんの腕時計について、まだお聞きしていないんですけど」

【星霜】
「あなた、なにを聞いていたの？　今、話したじゃない」

【kokone】
「いえ。私が気になるといった腕時計は、盗まれた時計のことではありません」

【星霜】
「……？」

【kokone】
「妹さんは、お父様からプレゼントされたアンティーク時計をはめてこの家に向かおうとしたところを、何者かに殺害されました」

「そして、犯人はその時計を奪って逃走――おそらくそれは間違っていないと思います」

「だけど、時計はもうひとつありました」

【星霜】
「……え？」

【kokone】
「妹さんの乗ってこられたスポーツカーには、ダイヤの埋め込まれたきらびやかな腕時計が残ったままとなっていました」

「写真を撮ったのでお見せしますね。この時計です。こちらは見るからに高価そうなものですよね？」

※写真。センターコンソールに置かれたきらびやかな腕時計。

【kokone】
「これは私の想像ですが……実は妹さん、この派手な時計をプライベートでは愛用していたんじゃないでしょうか？」

「だけど、他社の製品ですから、ビジネスの場へはめていくのはまずい。そう思って、車を降りるときに、いつもの時計にはめかえたのでは？」

【星霜】
「あの子ならやりそうなことだわ。……で、それのどこが気になるわけ？」

【kokone】
「見るからに高そうなこの時計が、どうしてコンソールボックスに残っていたのでしょう？」

「犯人は車内も物色しています。にも拘わらず、この時計を盗んでいかなかったのはなぜでしょうか？」

【星霜】
「…………」

つづく