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CASE16 ぜにーちゃん殺人事件《問題編》

「むふ。むふふふふ」
 銭山警部は棺桶の中で、薄気味悪い声を出して笑っていた。
「みんなの驚く顔が目に浮かぶわ。楽しみ、楽しみ」
 昨夜、銭山警部は殉職した。銀行強盗を追っている最中、肥溜めに落ちて死んでしまったのだ。
 だが、そう簡単に彼がくたばるはずもない。
 地獄の鬼たちのケツを追いかけ始めた銭山警部を見て、閻魔大王は困り果てた。「舌を抜くぞ」と脅しても、「いやいや、舌よりも下のナニを抜いてぇぇ」と駄々をこねる始末。このままでは地獄がお下劣一色の世界に染まってしまう。そこで閻魔大王、仕方がなく、銭山警部を生き返らせることにしたのである。
 というわけで、警部は棺桶の中で息を吹き返した。ちょうど火葬場へ運ばれる最中だったらしく、涙にくれる人々の姿が見える。
「銭山警部ぅぅぅ。どうしてこんなことに?」
 泣きじゃくって棺桶にすがる黒田刑事の姿もあった。
「ああ、ごめんなさい。こんなことになるとわかっていたら、警部の夢をかなえてあげればよかった。日本武道館のステージに上がって、キスでもなんでもしてあげたのに……」
 ああ、黒田ちゃん。どうもありがとう。
 銭山警部は鼻水をすすりあげた。
 黒田ちゃんはやっぱりあたしのことを愛してくれていたんだわ。
 数日前の出来事を思い出す。
「もうすぐ警部の誕生日ですよね? プレゼントはなにがいいですか?」
 黒田刑事にそう訊かれ、
「黒田ちゃんのキス」
 銭山警部はそう答えたのだった。
「ただのキスじゃダメよ。舌と舌がれろれろれろぉって絡み合って、唇がじゅっぽじゅっぽと音を立て、唾液がとろとろとろぉっ滝のようにこぼれ落ちてくるようなそんなディープなヤツをお願い」
「……無理です」
「あ、黒田ちゃんからのせっかくのプレゼントなんだから、それにふさわしい場所も用意してもらわなくっちゃね。日本武道館なんてどう? 武道館のステージで大勢の聴衆に見守られながらキスするなんてサイコーじゃない! あたし、他人に見られていないと興奮しない性格だから、それくらいはやってもらわないとね」
「イヤですよ。やりませんって」
 激しく拒む黒田ちゃんの顔を思い出し、銭山刑事はくすりと笑った。彼との楽しい思い出が次から次へとよみがえってくる。
 が、それが命取りとなった。気がつくと、棺桶のふたがしまっている。ふたを持ち上げようとするが、釘で打ちつけられてしまったのかびくともしない。
「ちょ、ちょ、ちょっとたんまぁぁぁ。出して、出してよぉぉ。あたしは生きてるのよぉぉぉ。へるぷみー。ぜにーちゃん、ぴいいいいんち!
 しばらくの間、必死で棺桶を叩いていた銭山警部であったが、やがてなにかを悟ったかのように静かな笑みをうかべ、胸の前で手を合わせた。
「……いいわ。幸せな人生だったじゃない。最後に黒田ちゃんの愛も確認できたし。ひとりぼっちで死んでいくのはちょっぴり寂しいけど……さようなら、みんな。ぜにーちゃんは永遠の眠りにつきます。今度生まれ変わるときは、可愛い女性として……」
 銭山警部の頬に涙がひとすじ流れた。爆音が轟き、棺桶を炎が襲う。銭山警部は覚悟を決め、穏やかな表情のまま、静かに目を閉じた。
 ……が、まるで苦痛を感じない。
あれ? 熱くない。どうして? なんであたしの身体、焼けてしまわないのかしら?」
 しばらく考え込んだあと、銭山警部はぽんと手を叩いた。

《ぜにーちゃんからの挑戦状》
 あたしはどうして焼け死ななかったのから? あなたも推理してみてね。うふ。


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