下手の横スキー11
第11回 僕がお金を拾わぬ理由~ジンクス(2)
9月になりました。
毎年このくらいの時期になると、それまで眠っていたスキーの虫が毛穴からひょこりと顔を出し、「雪はまだかあ?」「寒冷前線はどこだあ?」と、騒ぎ始めるんですよね。
「寒くなったかあ?」「雪は積もったかあ?」「スキー板は買ったかあ?」と、毎日毎日うるさくて仕方がありません。
しまいには、「泣ぐ子さ、いねえがあ?」「悪い子はいねえがあ?」と、なまはげまで出てくる始末。悪い子は、なまはげに食べられちゃうので気をつけましょう。生ハムは、腐らないうちに食べたほうがいいけど。頑張れ、ヤッくん。なまはむマーケット。なんのこっちゃ。
はい。そんなわけで今回は、「悪いことをするとバチが当たっちゃうよ」という、とっても教訓的なお話。
忘れもしません──1999年3月5日。恐怖の大王が、「さあて、そろそろアンゴルモア君を復活させようかなあ」と準備を始めていた頃ですね。知らねえよ、そんなこたあ。
まだ夜が明けきらぬ午前5時。夜行バスで野沢温泉スキー場までやって来た僕たち一行は、宿までの雪道をとぼとぼと歩いていたんであります。
あまりの寒さに耐えきれなくなり、温かい飲み物でも買おうかと自動販売機に近づくと、おわっ! 雪の上で6人の夏目漱石が肩を寄せ合い、僕を見つめているではないですか。「寒いよお」「温かい財布の中で眠りたいよお」「僕を拾ってくれよお」と、必死の形相で訴える夏目ブラザーズ。哀れに思った僕は、彼らを救ってあげました。ラッキー。6000円ゲット。
作家になることを志し、潔く仕事を辞めたものの、なかなかデビューすることができず、アルバイトで食いつないでいた貧乏な時代ですから(今も、生活状況はあんまり変わりませんけど)、6000円は大金です。
「誰か落とした人、いませんかあ?」
周りの人間に小声で尋ねましたが、返事はありません。
「……落としませんでしたかあ?」
声が小さかったのは、風邪をひいて喉を痛めていたからです。インディアン、嘘つかない。
うん、どうやら落とし主はいないみたいだぞ──と勝手に決めつけ、6000円は僕の財布の中へ。ここは暖かいよ。ゆっくりお休み、夏目君。
さて、太陽が昇るとピーカンの青空。天気予報も、この先晴れ間が続くと告げてます。よーし、これから3日間、滑りまくるぞおっ! と気合いを入れて、まずはほとんど人のいないスカイラインコースを一気に滑走。雪はカチカチでしたけど、実に爽快です。
次は日影ゲレンデまで移動して、コブ斜面にチャレンジ。前回のスキーツアーで、コブ斜面の滑りを誉められたので、「ここはカッコよく決めてやろう!」と気合い充分で挑みました。
が、雪が固かったせいか、コブをふたつ越えたところで両方の板がすっぽ抜けて大転倒。ここまでは、まあよくある話です。斜面を滑落してる間も、いたって冷静だったんですけど……。
とにかく、雪がガチガチに固まっていたことがすべての原因でした。滑落する身体はなかなか止まらず、結構な急斜面だったこともあって、逆にどんどん加速していきます。「あ、やばい!」と思ったときは後の祭り。これまたガチガチに固まった大きなコブに右肩を強く打ちつけてしまいました。
「あううううううっ!」
途端、右肩に激しい痛みが。20メートルほど滑落して、ようやく停止。肩の痛みに耐えながらなんとかスキー板を履いて、下まで降りてきた私。痛みは徐々にひいていったのですが、吐き気がひどくて、とてもそれ以上滑る気にはなれません。なにより、右腕がまったく上がらないんであります。
パトロール詰め所で肩を見てもらうと、
「あれれえ? ここ骨が飛び出てるよ。脱臼してるかもしれないねえ」
ががあん。
スキーで怪我をした友人を、これまで何度も目の当たりにしてきましたが、ついに僕もやってしまいました。それでもまあ脱臼だから、関節をはめてもらえばすぐに治るんだろう――と安易な気持ちで病院へ。
野沢医院は地元の老人たちで大繁盛。待つこと小一時間。待っている間に、それまでたいしたことのなかった痛みが、なぜかどんどん増してきて冷や汗だらだら。このときが一番つらかったですね。これで周りに綺麗な姉ちゃんでもいれば、ちょっとは気晴らしになったんでしょうけど、どこを向いてもジジババジジババジジババ。いやああああああっ(絶叫)。
ようやく名前を呼ばれて別室へ。
ここからがまた長い。「上着を脱いで待っていてください」といわれても、右腕が上がらないのでひと苦労。妊婦のように、「はっ、はっ、ふう」と呼吸しながら痛みに耐え、なんとか上半身裸に。下着は冷や汗でぐしょ濡れです。
まずはレントゲン。レントゲン技師のおじさんは僕の右肩をひと目見るなり、
「うわっ、こりゃスゴイねえ。痛い? そりゃ痛いだろうなあ、うわははは」
と、豪快に笑います。
「ぽっきり折れちゃったほうが治療しやすかったんだけどねえ」
おいおい。
レントゲン撮影のあとは診察室へ。撮ったばかりの写真を見て、思わず「ぐぎゃっ!」と叫んぢゃいました。正常な骨がどのようになっているかを詳しく知らない僕が見ても、明らかに異常なんです。鎖骨が完全に肩の骨から外れて、上に跳ね上がっちゃってます。
「あらららら。鎖骨に繋がってるここのじん帯2本と、あとこちら側のじん帯も完全に切れちゃってるよ。これはもう手術するしかないねえ」
え? 手術ですか?
「とりあえず、出っ張った鎖骨を押し込んで固定しとくから。いい? いくよ。とりゃあああっ!」
ぐぎぼぎばぎべぎいっ。
「うぎゃああああああ!」
……こんな経験、もう二度としたくありません。
支払った治療費は7640円。きゃあああ、拾った6000円から早くも足が出ちゃってるよ。
鎖骨固定帯という海に落ちたときの救命具みたいな装具をつけて、とぼとぼと病院をあとにしました。いつの間にか痛みはすっかりなくなってましたが、だからといってそのあと滑れるはずもなく、僕だけ自宅へ強制送還。え? 明日も明後日も快晴なのに? 僕、スカイラインコースを1本滑っただけなんですけど……。
ぢぐじょー。呪ってやるうううう。
帰りの道中はずっと、嵐を呼び寄せる呪文を唱えてました(涙)。
あとになって振り返ってみると、実はこの日をさかのぼること2週間前にも、レストハウスで200円を拾ったあとに転倒して、腰を痛めていたんですよねえ。どうやら、スキー場でお金を拾うと怪我をするジンクスがあるみたいです。このとき以来、スキー場では絶対にお金を拾わないことにしています。
ちなみに、肩の怪我は全治2ヵ月。幸いにも手術は免れましたが、利き腕が使えない生活はいろんな意味で(ここ、あまりツッコまないよーに)とても不便でした。
そうそう──ジンクスといえば、まだあります。3月5日の野沢温泉というのは、僕にとって実に呪われた空間でありまして、肩を怪我した翌年、翌々年の3月5日にも、野沢温泉で恐ろしい出来事が起こりました。一体、なにがあったかと申しますと……。
次回、「下手の横スキー第12回 恐怖の3月5日~ジンクス(3)」を割礼して待て! 痛い、痛い。でも大人。ぽっ(赤面)。
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