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フォスター・チルドレン 84

最終章 ありがとう、さようなら(3)

「葉月……」
 蘭が喉から声を絞り出していう。僕は声を出すことすらできなかった。
「いつからそこにいたの?」
「おまえの彼氏が熱弁を始める前から、ドアのそばで聞いていたよ」
 葉月は僕を見て、ふんと笑った。
「残念だけど、あんたの推理は間違ってる」
 彼はそういうと、肩をすくめ、おどけた口調で、次の言葉を続けた。
「朋美を殺したのは――俺だ」
 隣で、蘭が小さな悲鳴をあげる。
「俺がここから突き落としたんだ」
 しばらくの沈黙のあと、僕はようやく口を開くことができた。
「……どうして?」
 しかしその問いに葉月は答えようとしなかった。彼は僕を無視して、蘭と向かい合う。
「俺、今から警察に行く。でもその前に、蘭――おまえと話がしたかったんだ。おまえには真実を知っておいてほしかったから」
「真実? 冗談をいってるんじゃないのね?」
 蘭の声は震えていた。
「本当にあんたが、朋美を殺したの?」
「ああ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「どうして!?」
 蘭は空が震えるほどの叫び声をあげた。
「どうしてあんたが朋美を殺さなくちゃならないの? あたしが朋美のことを紹介したとき、あんた、彼女のこと、おとなしくて女らしくて可愛い奴だって褒めてたじゃない。朋美だって葉月のことが好きで……」 
 そこで蘭は表情を変え、言葉を止めた。 
「朋美はあんたから離れたかったんじゃないのか?」
 僕は葉月にいった。葉月がこちらに視線を向ける。恐ろしい目つきだった。
「朋美は本当は、あんたと別れたがっていた。でも、あんたは朋美と別れる気がなかった。便利な小間使いだったからな。朋美はあんたから逃げだそうとして……だから、かっとなったあんたは……」
「違う!」 
 彼は恐ろしく気迫に満ちた大声を出した。
「朋美は間違いなく俺のことを愛してくれていた。自惚れた台詞に聞こえるかもしれないが、これは事実だ」 
「だったらなぜ、朋美を殺したの? あなたに好意を寄せている彼女をどうして……」 
「俺は朋美を愛していなかったんだ」 
 葉月の顔の筋肉がぴくりと動き、頬に映っていた長細い影が陽炎のように揺れた。
「……なにをいってるのよ。あんた、朋美とつき合うこと、OKしてくれたじゃない」
「でも好きにはなれなかった」
「どうして?」
「俺には他に好きな人がいたんだ。片思いだけどな」
「じゃあどうして、あたしが朋美のことを紹介したときにそういってくれなかったの? そうしてくれたら、私、すんなり引き下がったのに」
「おまえの頼みだったからさ。おまえが俺に頼みごとをするなんて始めてのことだった。だからどうしても、おまえの願いを叶えてやりたかったんだ」 
 葉月はしゃがみこみ、蘭と同じ高さに視線を移動させた。
「『愛夢』でおまえと初めて会ってからずっと――俺はおまえのことが好きだったんだ」

つづく

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