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フォスター・チルドレン 85

最終章 ありがとう、さようなら(4)

2(承前)

 僕は高鳴る鼓動を抑えつけた。口の中はからからに乾いている。
「どうして朋美を殺したのか、その理由をまだ聞いていない」
 心臓は張り裂けんばかりに激しく波打っていたが、意外なほど、僕は冷静さを保ち続けていた。朋美を殺した男を目の前にしているのに、なぜか心は穏やかだ。
 なぜだろう?
 自問して見たが、答えはすぐには返ってこない。
「俺は朋美を好きになろうと思った。こんなにも俺のことを想ってくれる人間は始めてだったからな。今まで、俺を愛してくれた奴なんて一人もいなかった。親さえもな」 
 葉月は口元だけを動かして小さく笑うと、再びフェンスの向こう側に顔を向けた。
「正直、嬉しかったよ。でもやっぱり、俺は朋美よりもあんたが好きだったんだ。そんな態度が知らず知らずのうちにおもてに出てしまったんだろうな。すぐに朋美は気がついたんだよ。俺の心が別にあることにな。朋美に責められ、俺は正直に打ち明けた。蘭が好きだ、と」
 葉月がゆっくりと蘭のほうを向く。意外なくらい優しい目をしていた。
「あいつ、泣きながら俺の前を走り去っていったよ。どしゃ降りの雨の日のことさ。そう、あんたが彼女に殴られた日」 
「あ……」 
 蘭が左の頬を押さえる。
「これでよかったんだと思った。いつまでも自分の気持ちに嘘をついていれば、俺だけじゃなく朋美までもずっと苦しめることになっただろうからな。
 でも、次の日、朋美は何事もなかったような明るい顔をして俺の前に現れたんだ。――あなたが誰を好きであろうと、私には関係ないの。私はあなたが好き。人の気持ちはそう簡単に変えられるもんじゃないのよ。私、あなたに好かれるように努力する。いつか絶対、あなたに好かれる私になってみせる――それが朋美の言葉だった」
「強い子……」 
 蘭は唇をかんだ。 
「俺は朋美を邪険にするのが面倒になってしまった。本当にいやだったら意地でも追い出していたさ。でも、朋美はそういう女じゃなかった。空気のような――いるのかいないのかわからないような、そんな女だったから……。
 朋美は笑うこともなかった。怒ることもなかった。人形のような女だった。俺のいうとおりに動いてくれるロボットのような女だったんだ。
 このままじゃいけないと思った。このまま朋美を利用していたら、彼女を不幸にするだけだと思った。だからときどきは無理矢理、朋美を怒らせてやろうと無茶なこともした。あいつの前で他の女と抱き合ったりもした。
 でも、あいつは――それでもあいつはやっぱり空気みたいだった。俺、そのうちあいつを人間として扱えなくなるんじゃないかって、恐ろしくなってきた。このままでは朋美も俺も駄目になっちまうと不安だった」 

つづく

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