VOCADOL 21
FILE.004 飛べない白鳥殺人事件(8)
▼MAP0004-5 大阪市内(承前)
(戎橋)
【ウサ美】
「だけど、部屋の外に出れば火事ではないとすぐにわかったはずだピョン!」
【メルリ】
「もし、通路に煙が充満していたら? 実際、通路にいたハム子さんのハムスターは窒息死しているのよ」
【kokone】
「え? もしかして、12階は燃えていたの? でも、そんな痕跡はなかったよね?」
【メルリ】
「ハム子さんのハムスターは、全身がしっとりと湿り、文字どおり濡れ鼠の状態で死んでいたのよね」
「火事に巻き込まれたのなら、そんなことにはならないはず」
「これはあたしの想像だけど、ハムスターは二酸化炭素の煙に巻かれて、窒息したのではないかしら」
【kokone】
「……二酸化炭素の煙?」
【lily】
「わかりました! ドライアイスですね」
【メルリ】
「水の張られたバケツにドライアイスを落とせば、二酸化炭素が勢いよく噴き出すわ。スワンさんはそれを煙と勘違いしたのよ」
「簡単な時限装置を使えば、ドライアイスの気化する時間も調整できるんじゃない?」
「たとえば、バケツに氷の板を浮かべ、その上に細かく砕いたドライアイスを載せておけば、氷が溶けると同時に煙が発生するから、証拠も残らないわ」
【kokone】
「なるほど。空気より重い二酸化炭素は床にたまるから、それでポポは窒息してしまったんだ。かわいそうに」
【ウサ美】
「あり得ないピョン! スワンがどれだけ酔っていたとしても、ドライアイスの煙を火災と勘違いするわけないピョン!」
【メルリ】
「だからあなたは、火事と思わせるための仕掛けをもうひとつしたんでしょう?」
「火事を報せる電話で目を覚ましたとき、視界全体が真っ赤に染まっていたとしたらどう?」
【lily】
「ホワイ? 真っ赤って……どうして?」
【メルリ】
「赤いコンタクトレンズよ。普通、カラーコンタクトの中心部分は透明になっている。そうじゃないと、サングラスをかけたときみたいに、視界に色がついてしまうものね」
「だけど、遺体のそばに落ちていたレンズは中心部分まで赤く染まっていたわ」
「このコンタクトレンズをスワンさんははめていた――いや、はめさせられていたのよ。そうすれば、見るものすべて真っ赤になり、火事と錯覚させることができるわ」
「たぶん、転落の衝撃で片目だけはずれてしまったんでしょうね」
【ウサ美】
「違うピョン! それはウサ美が落としたものだピョン!」
「舞台の照明がまぶしくて邪魔だから、視界全体が赤く見えるコレンズを特別に作ってもらい、それをサングラス代わりに使っていたんだピョン!」
【メルリ】
「一度はベッドへ入ったというのに、コンタクトレンズをはずさなかったというの?」
【ウサ美】
「起きたあと……またはめたんだピョン」
【メルリ】
「ナイトガウン姿で練習をしていたのに、コンタクトだけはめていたわけ?」
「ウルフさんのつけ爪やハム子さんのハムスターの餌は、芸に必要なアイテムだから、練習のときも手放せなかったのはわかるわ」
「でも、あなたのコンタクトは違う。なくたって、なにも困りはしないでしょう?」
【ウサ美】
「…………」
【メルリ】
「あなた、もしかして酔っ払ったスワンさんを寝室まで運んだんじゃない? そのとき、彼女の目にコンタクトを装着したんでしょう?」
「無理にまぶたを開かせたわけだから、その瞬間は目を覚ましたかもしれない」
「でも、スワンさんは泥酔していたから、自分がなにをされたかもわからず、また眠ってしまったんだわ」
「ドライアイスと氷は保温性の高い容器に入れて、ほかの小道具と一緒に置いておいたんじゃないの? ミーティングの最中にこっそり部屋を抜け出し、ドライアイスと氷をバケツにセットしたのね」
「ミーティングが終わったあと、あなたはなに食わぬ顔で自分の部屋へ戻った。ウルフさんが『もう一度飲み直そう』とやって来るのをはいつものことなので、それを利用してみんなを裏庭へと誘う」
「練習をしながらも、あなたは12階の非常口をずっとチェックしていたんでしょうね。白い気体がドアの外へ漏れ出すのを確認したら、トイレへ行くといってその場を離れ、スワンさんに電話をかけて、『火事だ! すぐに逃げろ!』と叫んだのよ」
「部屋は異様に暑く、しかもコンタクトレンズのせいで視界は真っ赤に染まっていた。あなたの言葉を疑うはずもないわ」
「火事にトラウマがあるスワンさんは、慌てて部屋の外へ飛び出した。通路に充満した煙。彼女は慌てて建物の外へ逃げようとして、あなたがあらかじめ鍵を壊しておいた非常口から飛び出し、死んでしまったのよ」
つづく
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