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下手の横スキー60

第60回 開き直りの超番外編

 8月某日。
 愛知医科大学病院の片隅にて。
「くろけんさん、電話をかけても全然連絡がとれないから、一体なにがあったのかと、ずっと心配していたんですよ。まさか入院していたなんて……。どこが悪いんですか? 括約筋?」
「そう。括約筋にうまく力が入らなくて、う×こ漏れっぱなし。ってちがーーーう! 俺はべつにどっこも悪くないぞ」
「じゃあ、どうして入院なんか……」
「早とちりするなよ。入院なんてしてないってば」
「入院じゃない?」
「そのとおり」
「ツンツン。これは入院?」
「あん、ビンゴ♪ そこは乳輪。って、ゆーてる場合か」
「入院じゃなかったら、なんなんです?」
「俺は今、無重力の世界を漂っているんだ」
「看護師さん。ちょっと来てくださーい。この人、頭にウジが湧いてますよー」
「おい、こら。俺は正常だって」
「じゃあ、どうして病院のベッドに寝てるんです?」
「よく見てみろ。普通のベッドと少し違うだろう?」
「あ、いわれてみれば……」
「わかったか?」
「亡霊がいっぱりとり憑いてます」
「イヤなもん見つけるなよ。知りたくなかったよ、そんなこと」
「女の子にもてなかったことを悔やんで自殺した男の人の霊です。なにかを必死で訴えてますよ。え? なに? おまえにもてなくなる呪いをかけてやるって? あはははは、そりゃいい気味だ」
「おい、呑気に笑ってる場合じゃないだろう。そうか……この病院の女性が俺に冷たく当たるのは、呪いがかかっていたからなんだな」
「いや。ただ単に、加齢臭漂う中年エロおやぢだったからだと思いますけど」
「ほっとけ。そんなことはどうだっていいんだよ。とにかく、俺が寝ているこのベッドをよく見てみろ」
「面倒くさいなあ。なんだっていうんですか?」
「角度を見てみろ。俺の頭はどうなってる?」
「においます」
「においはいいんだよ、においは! ベッドの角度をよーく見るんだ」
「ををををををっ!」

 ――ここでCM。
 現在発売中の「別冊ヤングマガジン」(隔月刊)より、大人気法廷ゲームをド本気に漫画化した『逆転裁判』がスタートしました。作画は前川かずおさん。僕がシナリオを担当しております。皆さん、どうぞよろしく。
 ――CM終わり。

「くろけんさん。このベッド、水平じゃありませんよ。頭のほうへ大きく傾いてます」
「ようやく気がついたか」
「これ、なにかのおまじないですか? 加齢臭が抑えられるとか」
「いい加減、加齢臭から離れろ」
「違うんですか? じゃあ、なんだろう? ……あ、わかった。新しいプレイ?」
「この格好で、どんなプレイをするんだよ。いくらなんでも、そこまでマニアックじゃないってば」
「じゃあ一体、なんなんです? あ、もしかして、頭の血行をよくして、抜け毛を防ごうとか考えてるんですか? 無駄、無駄。あはははは」
「おまえ、俺のこと馬鹿にしてるだろう?」
「はい。めいっぱい」
「……まあ、いいや。俺は今、宇宙を旅しているんだ」
「はあ?」
「宇宙旅行中なんだよ」
「また、わけのわかんないことをいい出しましたね。あんまりふざけてると、耳に鼻くそつめますよ」
「つめられてたまるか。いいか、よく聞け。これは宇宙開発のための重要な実験なんだ」
「看護師さーん。この人、重症ですよおお!」
「呼ばなくていいから!」
「だって、間違いなく脳味噌腐ってきてるでしょ」
「腐ってない。いいか? 宇宙ステーションが完成したら、特別な訓練を受けていない一般の人たちも宇宙へ繰り出すことになるだろう? しかし、宇宙は未知の世界だ。当然、人体には様々な変化が生じることになる」
「夜中に首が伸びたり、行灯の油を舐めたり?」
「ならねーよ。そうじゃなくて、筋肉の萎縮や筋力の低下が起こり始めるんだ」
「ああ、そうか。重力がないからですね」
「さらに、血圧調節、心臓機能、骨代謝、免疫機能などにも変化があらわれる。宇宙空間から地球へ戻ってくると、血圧がうまく調節できず、失神を起こすこともあるらしい」
「うわ。そりゃ恐ろしい」
「だから、それらを克服するためには、なにを行なえばよいか、各地で様々な研究が行なわれているんだ」
「なんだか、くろけんさんにしては珍しく、難しいことをしゃべってますね」
「全部、この大学の先生の受け売りだけどな」
「で、そのこととくろけんさんがベッドでぐうたら横たわっていることと、一体どんな関係があるんです?」
「このベッド、頭のほうへ6度傾いているんだ。当然、血液は頭のほうへ移動する。その状態が、宇宙空間における血液の流れと酷似しているんだそーだ」
「ああ、ようやく話が見えてきました。つまり、宇宙空間にいるときと同じ状況を、6度傾いたベッドの上で作り出しているんですね」
「そのとおり」
「くろけんさんは宇宙医学実験の被験者ってわけですか?」
「おお。急に飲み込みが早くなったな」
「残りページが少なくなってきましたから。で、いつまでここに寝てるんです?」
「20日間」
「えええええええ? 20日間、このままなんですか? トイレはどうするんです?」
「ベッドの上で横になったまま」
「ご飯は?」
「ベッドの上で横になったまま」
「仕事はどうするんです? まあ、たいした仕事なんてないからいいでしょうけど、『下手の横スキー』の〆切って、確か明日でしたよね?」
「それも、ベッドの上で横になったままやるつもりだ」
「できるんですか?」
「いや、仕事に関しては、ホントにできるかどうか、ちょっと自信ないんだけど……」
「20日間寝たきりだなんて、メチャクチャ大変じゃないですか。どうして、こんなことやろうと思ったんです?」
「単純に面白そうだなと思って……。ホームページのネタになるかもしれないし」
「ネタのためだけに、普通、ここまでしませんって。報酬は出るんですか?」
「30万円」
「うーん……高いのか安いのかビミョーですね」
「ネタが拾えて、しかもお金がもらえるんだから、こんなオイシイ話はないだろう? おまけに仕事も自由にできるわけだし」
「仕事も自由にできるわけだしって……全然、やってないんでしょ?」
「あう」
「20日間寝たままで、身体のほうは本当に大丈夫なんですか?」
「心配するな。身体機能が低下しないように、毎日トレーニングをやっているから」
「トレーニングって?」
「世界に1台しかないエアロバイク付き人体用回転式遠心加速度(人工重力)付加装置を使った運動だ」
「よくわかりません」
「高速で回転する機械の中に放り込まれて、その中でひたすら自転車を漕ぎ続けるんだよ。これはすごいぞ。最初やったときは、マジで死ぬかと思ったくらいだからな。あの不快感はそうそう味わえるもんじゃない。毎日、冷や汗でびっしょりだ」
「汗びっしょりになったあと、お風呂は?」
「寝たままなんだから、入れるもんか」
「くろけんさんって、ホント物好きですね。いくら宇宙医学のためとはいえ……。僕には絶対、真似できないなあ。だって、お風呂入れなかったら気持ち悪いでしょ?」
「いや。ケアスタッフの人が全身を丁寧に拭いてくれるから問題ない。おまけにマッサージまでしてくれるし」
「ケアスタッフって……女性?」
「ああ。大学の看護学生が身の回りの世話をすべてしてくれる」
「くろけんさん。僕、たった今、宇宙開発にこの身を捧げることを決意しました。お願いします。僕に被験者の役を譲ってください!」
「譲ってたまるかああああっ!」
 ってなわけで、現在、僕は宇宙旅行を楽しんでおります。この原稿も、ベッドに寝たまま書きました。なんせ状況が状況なので、たいしたオチも思いつきません。ごめんなさい。詳細は期間限定ブログ「宇宙旅行に行ってきます」をご覧くださいませませ。(現在、全文はこちらで読めます)
 ……で、次回はちゃんとスキーの話をしますので(焦)。

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