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黒田研二
2023年8月31日 08:41
8.今、嵐の前の静けさ(13)5(承前) 長崎は娘である江利子を利用して、浩次を罠にはめた。 江利子は誘拐されたわけではない。 自らの意思で浩次のもとを去ったのだ。 親子でグルになり、浩次を騙したのである。「江利子に騙されていたなんて夢にも思わなかった俺は、彼女を助けるために、長崎の命令に従って内村展章を殺した……」 浩次は天井の染みを見上げながらいった。「江利子が長崎の娘だと知っ
2023年8月30日 08:01
8.今、嵐の前の静けさ(12)5(承前)「いつまでもおまえに苦労はかけられない。だから、俺は心を決めた」 浩次は話を続けた。「……最後の手段に出たんだ」「最後の手段って……なに?」「立澤組の力を借りて、長崎をビビらせてやろう――そう思った」 兄の話がよく理解できず、「どういうこと?」 と瞳は訊いた。「三年前、俺は喫茶店で江利子と知り合った」 浩次が悲しそうな眼差しを瞳に向ける
2023年8月29日 08:24
8.今、嵐の前の静けさ(11)4(承前) ステレオコンポの上に置かれていたその詞を見て、洋樹は苦笑した。 薄いブルーの便箋に、瞳の筆跡で記されている。 これが今の瞳の気持ちなんだな。 ……いや、瞳だけじゃない。 由利子もたぶん、そうなのだろう。「瞳……おまえの気持はよくわかったよ」 洋樹は呟いた。「もうおまえを追いかけたりはしない……」 あなたには夢さえもて遊ぶジョークなの
2023年8月28日 08:09
8.今、嵐の前の静けさ(10)4(承前)「しかし……」 浩次はなにかためらっていた。「お兄さん、この一週間、どこにいたの? ここでなにをしているの?」 兄はなにも答えない。「この会社って立澤組が関わっているんでしょう?」 兄の視線が瞳からそれた。「お兄さん……どうして? どうしてこんなところにいるの?」「……瞳」 洋樹は合鍵を使って、瞳の住むアパートのドアを開けた。 誰もい
2023年8月27日 05:28
8.今、嵐の前の静けさ(9)4(承前) 瞳に会いにいくときに、いつも下車する駅だ。 洋樹は胸を押さえた。 警察に全てを打ち明けた瞳――そのうち、彼女の兄は逮捕されるに違いない。 そうなったら、瞳はひとりぼっちだ。 彼女のことが心配でならなかった。 居ても立ってもいられず、気がつくと洋樹は電車から降りてしまっていた。「嘘……本当に?」 瞳の身体は小刻みに震えた。「瞳、一週間も留
2023年8月26日 06:34
8.今、嵐の前の静けさ(8)4(承前)「……瞳」 社長室の男はうろたえながら口を開いた。「おまえ、なんでこんなところに?」 それはこっちの台詞だ。 そう思いながら、瞳はゆっくりとその男に近づいた。 様々な記憶が頭の中でぐるぐると渦を巻く。 いいたいことは山ほどあったが、なにも言葉が出てこなかった。「ようし、準備はいいな?」 西龍統治は鈍く光る銃を手にして叫んだ。 悪意に満ち
2023年8月25日 07:13
8.今、嵐の前の静けさ(7)3(承前)「あ……ごめんなさい」 自分の失言に気づき、慌てて口を押さえた。「ヤクザ屋さんとはまいったな」 男が笑う。「でも、そのとおり。俺はヤクザ屋さんさ」「お願いします。立澤さんに会わせてください」 瞳は彼に頭を下げ、懇願した。「社長に会わせろ? お嬢ちゃん、社長になんの用があるんだ? 名前は? 歳は?」 困ったような表情を浮かべながら、男が質問す
2023年8月24日 06:24
8.今、嵐の前の静けさ(6)3(承前) 瞳は立ち上がると、鏡をじっと見つめた。 兄の行方は依然わからないままだ。 だが、立澤組の人ならなにか知っているかもしれない。 立澤組の組長に会いにいこう。 鏡の中の自分に彼女は力強く頷いた。 薄暗い路地裏の中にある三階建てのビルを見上げる。 立澤組の事務所はここで間違いなかった。 怖い。 瞳は自分の腕をさすった。 なんといって訪ねれば
2023年8月23日 06:58
8.今、嵐の前の静けさ(5)3(承前) ひとつ、気にかかっていることがあった。 浩次の婚約者――江利子のことだ。 兄に殺人を実行させるため、人質にされた江利子さん……私は彼女のことをなにも知らない。 顔もわからない。 年齢も不明なまま。 知っているのは名前だけだ。 江利子さんはどうなったのだろう? 今も生きているのか、それとも三年前に殺されてしまったのか―― 瞳はポケットを探り
2023年8月22日 07:59
8.今、嵐の前の静けさ(4)3(承前) 長崎典和殿 八月二十三日夜に話し合おう。 俺は事務所にいる。 なお、事前に断っておくが、俺はタダであんたたちを組に入れてやる気はない。 入りたければ、それなりのものを用意しておけ。 末木力 便箋にはそう記されていた。 末木が長崎に送った手紙だ。 瞳はこの手紙を、監禁された倉庫の地下金庫から
2023年8月21日 08:20
8.今、嵐の前の静けさ(3)2(承前)「あいつら、警察へちくりやがったな」 小池が怒りを露わにする。「……ど、どうしましょう?」 動揺した黒川が、彼の肩を借りて立っている長崎に訊いた。 長崎の頭に巻かれた包帯は、見ているほうが痛々しく感じるほどだ。 三人は知り合いの闇医者を訪ね、治療を終えて、たった今、戻ってきたところだった。 もし、医者に出かけていなかったら、警察にあっさり捕まっ
2023年8月20日 05:14
8.今、嵐の前の静けさ(2)1(承前)「瞳さんって綺麗よね。それにとってもやさしくって……いいお嬢さんだわ」「瞳がおまえを助けてくれたんだってな」 洋樹は由利子から視線をそらしていった。「瞳さんがそういってたの?」「ああ」「いつ会ったのかしら?」「ついさっきさ。警察で……」「ねえ」 由利子はうらめしそうな顔で洋樹を見た。「一体、あなたたちはなにをやっているの? 瞳さんはなにも
2023年8月19日 08:10
8.今、嵐の前の静けさ(1)1 洋樹は自宅のドアをそっと開けた。「ただいま」 家族の誰かに届くとは思えない小声で囁く。 しかし、それでも由利子には届いたらしい。 やつれた顔の顔の女が家の奥から顔を出した。 髪もひどく乱れている。「……お帰りなさい」 かすれた声でいう。「ああ……」 気まずい沈黙が流れた。「どこへ行っていたの?」 長い沈黙のあと、由利子が口を開く。「……え
2023年8月18日 06:56
7.私はひとりでも生きる(14)5(承前)「で、これからどうするんだ?」 中部が瞳に尋ねる。「あとは警察の仕事です。すべてお任せします」 無表情のまま、瞳は答えた。「違う。君のことだよ。君のお兄さんは指名手配され、いずれ捕まるだろう。君はひとりぼっちだ」「かまいません」 瞳はしっかりとした口調でそう答えると、洋樹のほうへ顔を向けた。「おじさんたちも今までごめんなさい。もう迷惑はか