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【掌編小説】近視眼的な親近感

 竹島浩平は取り立てて取り柄がないだとかごくごく平凡なとかいった形容とはもっともかけ離れたところにいるお洒落でハイセンス、体育で100mを9秒台で走った後に日本代表の柔道部主将から一本勝ちをして放課後戯れに科学実験を行えばノーベル賞級の発見をするような超高校級の高校生になることを信じて疑っていなかった得意の社会で模試の偏差値60の大台にのったことのある中学一年生だったのだけれど、そんな漠然とした未来の理想像の実現可能性をどうこう言う前に明日の平和な日常というものがそもそも不確かなのではないかということをうすうす感じ始めていた。子供の夢というにはあまりに俗物的で漢の野望というにはあまりに矮小なそのイケテルジブンを受験という苦い薬を口に押し込まれる前に捨て去れたのはある意味で幸運だと言えたのかもしれないが、だからといって少なくとも表向きは平和と言って差し支えなかった時代に暮らしてきた彼に明日をもしれぬ状況で何をすればいいのかなどわかるはずもない。そんな中でひとまず何かしなくてはならないという焦燥感にかられて淡い恋心を抱いていた隣の席の女子生徒への恋文をしたためた彼を誰が笑うことができよう。また、時間のない未熟な彼が自身の気持ちを誠実に伝えようと努めるのではなく
「おっぺんてっちゃ? くくけういうい」
というような荒唐無稽な文章で相手の気をひこうという近視眼的な手段に出てしまったことも無理からぬことである。一応彼の頭の中ではしたためた文章が彼の語彙では到底言い表すことのできない美文として解釈できる言語が発達した世界があることになっており彼女に意図を問われたらそう答えるつもりでいたのだが待ち合わせ場所と時刻もその言語で記してしまったため彼女が彼の待つ屋上に現れることはなかった。そのとき一人の少年の独り善がりでありながらも真剣な想いが詰まった手紙を渡されて途方に暮れていた女子生徒こそ、読者諸兄もご存知であろう万能翻訳機「イレブンナイントランスレイター(ENT) 」の開発者、竹島悦子博士(農塔電器)である。
「親近感がわいたんですよ。あ、同類だって(笑)。そして思ったんです。どんなでたらめに見えるものにでも必ず意味がある。それを形にしたいって」(2053年9月 農塔電器本社記者会見にて)
尚、竹島浩平が渡した当時の手紙の文面は非公開であるため、本稿では記者会見での彼女の返答を引用した(カッコ内はENT翻訳)。
「おっぺんてっちゃ? くくけういうい(それを聞いちゃうの? 無粋というものでしょう)」