14. キリスト神話の方法(9)ペテロとケファ(上)

題:キリスト神話の方法(9)ペテロとケファ(上)

 初期キリスト教や新約聖書について少しでも詳しい人ならば、ペテロ(ペトロ)とケファとシモンが同一人物である、という解説を聞いたことがあると思います。そしておそらく、素人から専門家に至るまで、誰もその説明を疑っていないと思います。たしかに新約聖書を一冊の書物として、内部矛盾のない物語として解釈しようとすれば(そのような読み方も正当なものです)、その説明は正しいでしょう。
 しかしこの記事では、あえて新約聖書の諸書を個別に成立したものとみなし、それぞれの書物に登場するペテロの同一性に疑問を差し挟んでみたいと思います。

■ケファとパウロ
 『ガラテヤの信徒への手紙』には「ケファ」と「ペトロ」という2人の人物が登場します。ケファはパウロと面識にある人物として描かれていますが、ペテロはそうではないようです。

 それから三年後、ケファと知り合いになろうとしてエルサレムに上り、十五日間彼のもとに滞在しましたが、ほかの使徒にはだれにも会わず、ただ主の兄弟ヤコブにだけ会いました。(ガラテヤ1:18-19、新共同訳)

パウロはケファに対しては強気の姿勢でのぞんでいます。

 さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。なぜなら、ケファは、ヤコブのものとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしたからです。…しかし、わたしは、…皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」(ガラテヤ2:11-14)

■ペテロとパウロ
 『ガラテヤ信徒への手紙』にはペトロという別の人物も現われます。ただしペテロとパウロの直接の面会の場面は描かれていません。そして重要なこととして、『ガラテヤ』においてケファとペテロは同一視されていないのです。

実際、そのおもだった人たちは、わたしどんな義務も負わせませんでした。それどころか、彼らは、ペトロには割礼を受けた人々に対する福音が任されたように、わたしには割礼を受けていない人々に対する福音が任されていることを知りました。割礼を受けた人々に対する使徒としての任務のためにペトロに働きかけた方は、異邦人に対する使徒としての任務のためにわたしにも働きかけられたのです。また、彼らはわたしに与えられた恵みを認め、ヤコブとケファとヨハネ、つまり柱と目されるおもだった人たちは、わたしとバルナバに一致のしるしとして右手を差し出しました。(ガラテヤ2:6-9)

 パウロ書簡の中でペテロが登場する箇所はこれのみです。ここでパウロ(わたし)は、特別な任務を任された使徒の事例としてペトロに言及しています。ペテロは、パウロの任務を承認した「柱」の一員としては登場していません。パウロと握手した三人の「柱」の中に、ケファはいても、ペテロはいないのです。『ガラテヤ』だけを読めば、ケファとペテロが同一人物であるとは決して言えないのです。

■『一コリント』のケファ 
 パウロ書簡にとってケファはなかなかの大物であったらしく、『コリントの信徒への手紙一』にも登場します。この書にペテロは登場しません。

 わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。(一コリント1:11-12)
 パウロもアポロもケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです。(一コリント3:22)
 わたしたちには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。(一コリント9:5)
 最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが…聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現われたことです。次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。(一コリント15:3-6)

 最後の引用箇所で興味深いのは、ケファが「十二人」(十二弟子ではない!)に含められていない点です。また、ケファが死んで復活する前のキリストを知っている、とも言われていません。

■ヨハネ福音書のケファ
 では、新約聖書の他の書物で、ケファはどのように登場するのでしょうか。新約聖書の中でケファとペテロを同一視する書は『ヨハネによる福音書』です。『ヨハネ』のせいで、多くの人は、ペテロとケファを同一人物だと思い込むようになったのです。

ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。(ヨハネ1:40-42)

2021/01/25
作:Bangio

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