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黒いぬさんがやってきた


ウチには犬がいる。

飼っているのは、イタリアングレイハウンドの女の子で名前はあんという。

ウチにきてあっという間に15年が経った。

ニンゲンの女の子なら中学生。
行動は3歳くらいの女の子。
犬年齢でいうなら御歳80歳。

シッポがチョロっとした野ねずみみたいだったのにいつの間にか、わたしの年齢をヒョイと飛び越えてしまった。

15年は長いようであまりにも短くて、まだ7.8年のように感じつつも、美しいビロードのような黒毛は、白くまだらになり、眉あたりからハート形になり、今は、ダッフィ顔のお婆ちゃんになった。

あんがウチにきたキッカケは、母の無謀で唐突な思いつきだった。

いや、唐突ではなかったか。

母はつねづね犬を飼いたいと言っていた。

以前、私が飼っていた犬が亡くなり、
母は母なりに自分のことをかわいそうだと思ったのだろう。

「私ね、犬を飼うの。チワワがいいかな、あのちっちゃくって白いやつ」

そう、いっていた。

いつもの戯言と聞き流していたが、匂わせていた。

それが「犬を買ったから取りに行って〜」というのである。

しかも、AM7:00に沖縄から。

旅行から帰る日を間違えたからといい、わたしの誕生日プレゼントに犬を買ったといい、わたしの犬だから取りにいけと。

「お土産買って帰るから〜じゃあね〜バイバッ」

いつもの調子でせっかちに喋り倒してブチッと切れた。

「……」

犬は、旅行から帰ってきて引き取ればいいのではと思うのだが、母にはもう犬しか見えていない。

前回は、古びたワンルームマンションを買わされそうになった。

あいかわらずの台風一過だったが、こうして、あんはウチの子になった。

昼間は母が勝手に連れていき、夜はウチに戻ってくる。

母とはほとんど会わないのにあんだけが行き来して、そのうち私が犬連れで再婚して今のふたりと1匹の暮らしに落ち着いた。

あんがきた日のことを思い出す。

母の沖縄旅行、会社の同僚にランチに連れていかれた店は沖縄料理店で、なんとあんまで沖縄生まれというオチがついた。

わたしがペットショップに迎えにいくとこちらの不安をよそに彼女はマイペースにキョトンとしていた。

手のひらに乗るくらいの犬というにはあまりにも小さくて、この子は、生きていけるのだろうかと狼狽えた。

顔は、ヒゲがモシャモシャっと生えていてどこからどうみても野ねずみだった。

ミスドのドーナッツを入れるような取手の紙箱に入れられて、お祭りのカラーひよこみたいに思えたが犬は20年ほど生きる。

街道沿いの道をとぼとぼ歩きながら、これから生涯変わらず共に生きてゆくことを
誓いますと思った。

ヘッドランプに追い越されながら、歩いては、ちゃんと息をしてるか心配になり、小さなくり抜かれた丸穴を立ち止まって確認した。

部屋に着いて箱を開けるとやっぱり小さかった。

小さくて踏まないようにどこにいてもわかるように、仔猫用のシュシュみたいなゆるいゴムでできたピンク色の首輪をつけた。

首輪には鈴がついているのだけれど、鈴が大きく感じた。


蝉がジリジリと鳴く。

洗濯物を干していると、あんがカーテンの隙間から顔をのぞかせお日さまのにおいを嗅いでいる。

陽の光に、空の青さに、沖縄かーと思い、
今日もあんにとってなんくるない一日がいいなと思う。


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