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思い

突然の呼び出しだった。

セミの声がうるさい暑い日。
早足で別館へ入ると冷房の効いた心地の良い空間が広がっていた。

「なんですか?」

日頃、学生の相談等を受け付けているスペースで僕を待っていた男性職員に要件を訪ねる。

「…」

少し言葉に詰まっている目の前の職員を見て、自分も何のことかと考える。
とは言っても以前に何か相談していたわけでもなく、特にこれといって呼び出された心当たりはない。
あるとすれば授業の出席率が悪く、単位が危険だという事ぐらいしか…

「孝くんが亡くなった…」

予想していなかった言葉、一瞬何を言ってるのか全く理解できなかった。

「え、…どういうことですか?」

経験した事のある日常で聞き覚えがない言葉に反射的に出た返事。

「先日、孝くんが亡くなったと親御さんから電話があったんだ」

目の前の男性職員から追加の説明を受け、やっと言葉の意味を理解する。

「嘘ですよね?」

思考がうまく整理出来ていない状況の中、口が勝手にそう動いていた。
咄嗟に出た言葉だった。

「…本当だ」

凍り付く様な空気、他の教職員も見守る中でゆっくりと放たれたその言葉は友人の死を真実だと思わせるには十分すぎた。

「え、…どうしてですか!?」

孝とは高校時代からの付き合いでそのまま大学も同じ学科に入り毎日遊ぶ程仲がよかった。
最近は体調が少し優れないみたいで大学に来ていなかったが、lineで「大丈夫だ」と返事があったのであまり心配してなかった。
それから1、2週間程しかたってないに、突然この呼び出しだ。
ほんの1、2か月前までは飲み会やカラオケに行ったり、一緒にゲームして遊んでいたのに…。
そんな簡単に信じられるわけがない。
孝の死という事実を頭でわかっていても、まだ正直なところ半信半疑な僕がいた。

「詳しい事情はわからないが、病気でとの事みたいだ。」

「…そうですか」

本当に病気が原因なんだろうか?入院も、何の知らせもないなんて少し不自然すぎる様に感じた。

ただ、いくら疑問を並べても何かが変わる訳もなく、事実を受け止めるしかなかった。
今思えば、あの時lineで交わした言葉が最後のやり取りだった。

「一番仲がよかった君に早く知らせるべきだと思って呼んだんだ。」

「…そうですか」

確かに高校時代から仲が良く、大学に入ってからは、よく自分の家で宅飲みをしていたので時々迎えに来ていた孝の親も僕の事を知っている程だ。

「孝くんが大学にいる時、変わった様子とかは無かった?」

「最近は体調が悪いみたいで大学には来てなかったですが、それ以外は特に変わった様子は無かったと思います…」

なぜそんなことを聞くのかと思ったが、特に思い当たる節も無かったので知っている事を伝えた。

「そうか…葬式はこの日程で執り行われるそうだから…出席してやれよ。」

「はい…」

そして受け止めきれない衝撃と、どこかで何かが引っ掛かった様なモヤモヤを抱えたまま葬式へと出席した。

葬式には高校時代に一緒のクラスメイトだった面子や大学で同じ部活に入っていた面子など、見た顔がちらほら出席していた。

棺の後ろにある大きな孝の写真、祭壇から向かって右側に座る親族の人達、それを見て孝が死んだんだと実感した…。

実感すると同時に込み上げてきた感情を堪えている間に葬式は、静かに何事もなく進行していった。
葬式が終わり、通路にいると親族の方と目が合い挨拶された。
孝の兄だった。

「○○君だよな?あいつと仲良くしてくれてありがとう!」

弟が亡くなって一番つらいはずなのに…それを押し殺してまで自分に話かけてくれた。
孝の兄とはあまり話した事はないが、高校時代は1つ上の学年でウエイトリフティング(重量上げ)部の部長をしていた。
すごく真面目で決めた事は貫く体育会系の人だ。

「…はい、こちらこそありがとうございます」

なんと答えていいかわからず、オウム返しの様に出た言葉は「ありがとうございます」だった。

その後、孝の父や母とも少し言葉を交わし葬式場を後にした。
やはり孝は病死との事だった。

帰り道、友人に車を運転してもらっている横で、堪えていた感情がついに溢れてしまった。
声を出して泣いたのはいつ以来だったろうか?
自分でも驚く程に涙が止まらなかったのを覚えている。

ここからは少し僕の勝手な思いを聞いてほしい。

孝は昔からネガティブな性格だった。
孝は昔から何かと悩み、考え込むと「死にたい」と言うのだ。
その度に僕は「なんとかなるさ!」と適当な返しをしていたのを覚えている。
大学に入ってからも学年が上がるにつれ、就職の悩みや自分の未来の話になると孝はネガティブになっていた。
真実はわからないが、孝の死はあまりにも突然すぎて、もしかしたら自殺だったのではないかとすら思ってしまうのだ。
当時はいつもの事ぐらいに考えてしまい気にしていなかったが、あれは積み重なる孝のsosサインだったのではないか?
自分は孝の事を分かっている親友顔をして、全く分かっていなかったのではないか?
思い出す度にそんな考えが頭をよぎってしまう。

もちろん、こんなのは僕の勝手な妄想だ。

意味のない、何も生まない後悔、それは時が過ぎる度に重なっていく。

結局、孝の家族にお墓の場所も聞く事ができずにもう何年もたってしまった。

今でも孝の事を思い出す。
決して悪い思い出ばかりではない、楽しい思い出もたくさんある。
僕にはもうそれしかできない。
思い出す事しかできない…。

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