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食糧危機や食糧自給率について考えてみた

食糧危機や食糧自給率について考えてみた
日本のカロリーベース自給率は37%であり自給率が低いのは事実です。心配になるのも良く分かります。しかし間違った前提や信念をもとに議論をしても何ら問題の解決(日本の食糧安全保障への貢献)にはなりません。
 
結論から言うと食糧危機は起こりません。
人間には『自分が知っているモノ・目立つモノ・問題のすぐ近くにあるモノ・問題の発生した直前や直後に起きた出来事』などに原因を見出してしまいがちな特性があり、その結果として、タブロイド思考(思い込み、決めつけ、ステレオタイプ)と呼ばれる思考の誤りに陥ることがあります。
 
例えばTwitterで日本の食糧自給率の低さが話題になると、
・戦争や災害、異常気象などが起きれば国民が飢える
・自給率を上げて食糧危機に備えよう
・アメリカの食糧自給率は132%なのに日本は37%で低すぎる
・政治家は国を守る気が無い
・自給率が低いのは危険
・人口爆発に備える必要がある
・他国への依存度を下げて自立するべき
・食料安全保障の観点から、アメリカは農家を支援している
 
などの政治を批判する声が上がります。その理由として、おそらく多くの人が『自給率が低い=自給率が低いことは悪い事だ=政治の問題に違いない=政治家は日本を守る気がない』と考えているからではないでしょうか。
 
ところが、これ冷静に考えるへんですよね?なぜなら『自給率が低い』という部分だけが事実であり、それ以外の
・自給率が低いことは悪い事だ
・政治の問題に違いない
・政治家は日本を守る気がない
の3つは根拠のない決めつけだからです。
 
この3つが決めつけであることを踏まえた上で本題に入ります。簡単に言うと、日本の自給率が低い理由は政治家や官僚たちの悪意や怠惰ではなく、『人間の希少性・資本の希少性・土地の希少性』という3つの要素の影響によるのです。さらに、これらに注目することで日本以外の国別の自給率の違いにも説明がつきます。
 
 
『人間の希少性・資本の希少性・土地の希少性』の3つに注目して自給率を分類すると、以下のようになります。

①お金持ちで、土地の希少性が高い国
このタイプの国は農業以外の産業でお金を稼ぎ、そのお金で食料を輸入した方が合理的であるため食料自給率が低くなります。イメージとしては中東のドバイのような国です。
  
②人件費が安く、トラクターなどを買うお金が無く、畑が希少な国土の狭い国
このタイプの国は豊富な労働者を活用した人海戦術が得意。貧乏なのでトラクターや農薬などが買えない。狭い農地面積が生産できるカロリーを制限しており、カロリー不足が人口の増加を抑制しています。要するに貧乏で海外から食料を輸入することができず、安い労働力を生かして人海戦術で食料を自給するしか選択肢を持たない国です。イメージとしては江戸時代の日本のような国です。
 
自給率が100%であるものの輸出するほどの余裕もなく、かといって輸入できるほど経済的に豊かでもないので、天候不順の年には大量の餓死者が発生するのです。実際、江戸時代の日本では大小合わせて100回以上の飢饉が発生し、その度に大量の餓死者が出たと記録されています。
 
東南アジアの国々は国土が狭い割りに人口が多いので、経済発展に伴う資本の増強・人件費の向上・医療体制や食事の栄養価の改善による人口の増加によって、現代の日本のような自給率の低い状態へ移行すると考えられます。
  
③人件費が高く、お金持ちで、広大な農地を有する国
このタイプの国は潤沢な資本と広大な農地をフル活用した農業が特徴です。簡単に言えば、手間のかからない作物(牧草=食肉生産や穀物)を中心に、大きな機械を使って大量生産する国のことです。アメリカ・カナダ・オーストラリア・ブラジルなど食料輸出国がこのタイプです。
  
④人件費が高く、お金持ちで、畑が希少な国土の狭い国
日本はこのタイプに該当します。高い人件費と狭い土地を有効活用するために集約型の農業が多くなります。国土が狭いため、穀物と野菜との間で農地の奪い合いが起きやすいのが特徴です。要するに狭い畑に多くのコストをかけて高糖度メロンや鮮度の高い野菜などを作るイメージです。その一方で収益性が畑の面積に依存する低価格な穀物(米・麦・大豆)の生産は抑制されます。
 
経済的な発展と共に食事の美味しさや栄養価の高さも要求されるようになるため、穀物と野菜との間で畑の奪い合いが発生します。穀物と野菜は競合関係にあるため、面積当たりの利益率の高い野菜の生産が優先されやすくなります。経済力があるため、不足分の穀物を輸入に頼る方が合理的な選択となります。日本の他に韓国や台湾などがこのタイプであり同じ理由で自給率が低いです。
 
日本の場合、栽培技術の面でも問題があります。『米の自給率が100%に近い一方で、麦や大豆の自給率が低いのはなぜか?』と考える必要があります。その理由は、米は水田のような湿地に適応した作物である一方、麦や大豆は水田のような湿地に適応しておらず、さらに麦や大豆には連作障害が出やすいという問題もあります。※連作障害とは同じ土地で同じ作物を連続して育てることで病気が多発して収穫量が減る現象のことであり、栽培する畑を毎年移動する必要がある。
 
要約すると、
・日本は人口が多く消費カロリーも多い
・にもかかわらず農地として利用できる土地が少ない
・穀物と野菜とで畑の奪い合いが起きている
・収益性・栄養価・技術的な問題から穀物生産に利用できる面積には制限がある
 
という事情があり、政治の悪意や怠慢とは別の理由で日本の自給率が低くなるのは仕方がないと言えるのです。
 
  
以上のように国別の自給率の違いは、『人間の希少性・資本の希少性・土地の希少性』で説明が可能であり、何でもかんでも政治の問題とするのは不適切であると言えます。
 
その上で
・戦争や災害(異常気象)などの危機が起きれば国民が飢える
・自給率を上げて食糧危機に備えよう
・アメリカの食糧自給率は132%なのに日本は37%で低すぎる
・政治家は国を守る気が無い
・自給率が低いのは危険
・人口爆発に備える必要がある
・他国への依存度を下げて自立するべき
・食料安全保障の観点から、アメリカは農家を支援している

などの批判が、いかに頓珍漢か説明します。
  
戦争や災害、異常気象などが起きれば国民が飢える
この主張は数学的に考えれば間違いだとすぐに分かります。農産物の収穫量は毎年、必ず変動します。同じ畑・同じ種子・同じ肥料・同じ農薬を使い、同じ方法で育てても必ず変動が生じます。なぜなら天気が変化するからです。降水量や雨の降るタイミング、気温の違いが原因で収穫量にバラツキが生じるのです。
 
このバラツキの意味は『コイン投げ』に例えると理解しやすいです。投げる回数が少ないと「5回連続で裏・あるいは表」のように極端な偏りが生じることがあり、出目の予測が困難です。ところが10000回くらい投げるとほぼ50%づつの出目に落ち着いてきます。そして「次にもう10000回投げてもほぼ50%づつになるだろう」と高い精度で予測がつきます。
 
農産物の収穫量についても、これと同じです。日本のような国土の狭い国、あるいは都道府県や市区町村などの狭い地域で食料を100%自給しようとすると、収穫量の年次変動(バラツキ)が大きくなり飢饉が発生しやすくなるのです。これは『コイン投げの試行回数が少ない時と同じ状態である』という意味です。したがって食料の安定供給のためには、この確率的なバラツキをいかに平均化するかが鍵になります。
 
最も確実な対策としては、世界全体で穀物の収穫量の予測を立てることです。要するに「国境をまたいだグローバルな物流網で各国を繋ぎ、多く取れた地域から少ない地域へ運ぶ」という、今の日本がやっている事そのものです。
 
アメリカの食糧自給率は132%なのに日本は37%で低すぎる
『人間の希少性・資本の希少性・土地の希少性』の3つの条件が全く異なるアメリカと日本を比較した主張には筋の通った根拠がありません。
 
例えば、鉄道会社と航空会社はどちらも運輸業ですが、この2つの収益性の比較は意味がないですよね?それと同じことです。
 
政治家は国を守る気が無い・自給率を上げて食糧危機に備えよう・自給率が低いのは危険
そもそも論として、国土が狭く人口過密なに日本において自給率を上げることは困難です。仮に自給率を上げるとしても、それは『栄養価の高い生鮮野菜の畑を潰し、穀物生産にあてがう』という意味になるので栄養価の面で問題が大きくなります。
 
さらに食料安全保障(安定供給)の面でも問題が大きくなります。例えば自給率100%だった江戸時代の日本では、頻繫に飢饉が発生しその度に多くの国民が餓死しました。さらに韓国と北朝鮮の比較も分かりやすいでしょう。韓国と北朝鮮は隣り合った国ですから気候は似ています。国土が狭い点も似ています。違うのは自給率です。自給率が日本と同じ37%の韓国では飢饉が起こらないのに、自給率が高いとされる北朝鮮では数年ごとに飢饉が発生しています。日本の自給率を高めるということは、北朝鮮のような頻繫に飢饉の発生する国を目指すということであり、国民を守ることを考えれば自給率100%を目指すべきでないのは明らかです。
 
人口爆発に備える必要がある
そもそも人口爆発は起こりません。人類は本来5~6人程度の子供を産む生き物です。ところが現代人はアフリカや東南アジアなども含めて世界全体での出生率が約2.5人にまで低下しています。つまり人類はすでに人口減少の局面に突入しているのです。世界人口の予測によると2100年ごろの110憶人で頭打ちとなり、その後は減少するとされています。したがって人口爆発を前提に自給率や政治や環境問題などを考えてはいけないのです。
 
他国への依存度を下げて自立するべき
他国への依存度が高い状態というのは、政治的に不利に働く可能性があります。しかし一方で相手国から見れば金銭的に日本に依存しているとも言えます。相互に依存する関係が強ければ、それだけ「相手国との戦争は避けよう」と考えるようになり、結果的に平和にもつながります。反対に依存関係の少ない国同士は政治的に衝突が増えるもので、これは日本に対して挑発的な態度をとる北朝鮮を見れば納得できるのではないでしょうか。
 
食料安全保障の観点から、アメリカは農家を支援している
アメリカは広大な農地を有しており、そこで穀物や牧草(牛肉)を低コストで大量生産できる国であり、そこで作られた安い穀物を大量に輸出すれば外交のカードとなるでしょう。さらに広大な国土で生産することでコイン投げの試行回数が多いのと同じ状態となり、毎年の穀物生産量を日本よりも正確に予測することも可能となります。
 
しかしに日本はそのような国ではありません。農地が広大ではないし人件費も高いし、外交のカードとして使えるような農産物も無い。農地が狭いから生産量の年次変動も大きい。つまり『よそはよそ、我が家は我が家』でよいのです。アメリカのマネをして自ら比較劣位になる戦術を採用する必要はありません。
 
 
まとめ
まず第一に、日本人が気にするべきなのは国内の生産量(自給率の向上)ではなく世界全体の生産量の方です。世界全体での需給バランスが逼迫しているのであれば、日本の食料自給率の向上も政治的な選択肢として検討する必要もあるでしょう。しかし余裕のある現段階で日本が自給率を上げなければならない理由はありなせん。飢饉の発生確率が上がるなどデメリットの方が大きいからです。
 
日本のような農地が少ない&人口過密な国と、アメリカやオーストラリアのような広大な農地&人口密度の低い国を比較することにも意味がありません。日本には日本に適した食料の調達方法があります。日本がアメリカやオーストラリアのマネをしても比較劣位になるだけで、経済的にも食料安全保障の面でも何らメリットがありません。
 
日本の食料自給率を上げるには野菜の畑を穀物生産にあてる必要があり、その代償として輸入物の萎びたキャベツや冷凍ホウレンソウを食べるなければなりません。さらに数年に一度の頻度で飢饉が発生することも受け入れる必要があります。ですが、そんな生活を理想的と感じる日本人は少ないでしょう。
 
#食料自給率 #食料安全保障 #自給率 #食糧危機 #種苗法

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