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「精製糖工業発祥の地」(大日本明治製糖創業の地)

砂糖の精製も近代化の一つ、またあの人も関与

★ジャンル【産業】 
★場所 江東区北砂5-20
★最寄駅 JR、東京メトロ駅

これまでの23区発祥の地一覧

★解説文
「砂糖は八世紀に伝来し、十七世紀後半までは薬として珍重されてきたといわれています。江戸時代には、八代将軍徳川吉宗が国産化を奨励、明治に入ると、日本の各地で精製糖(白砂糖)の製造が試されるようになります。しかし、いずれもうまくいかず、明治二十三(一八九〇)年、この地に建てられていた鈴木藤三郎の製糖所でようやく成功し、砂村において日本ではじめて純白の砂糖が誕生しました。鈴木藤三郎は、安政二(一八五五)年遠江国(静岡県)に生れ、明治十七(一八八四)年より氷砂糖を製造していました。同二十二年、上京し、砂村に工場を移し、同二十五年から本格的に精製糖の製造を開始しました。藤三郎が工場の移転地としてこの地を選んだ理由は、原料や製品の運搬に小名木川の水運がとても便利だったからです。また砂村は、砂糖の国産化の奨励地として、徳川吉宗が甘蔗(さとうきび)の苗を栽培させた、極めて砂糖とゆかりの深い土地であったためでもありました」

★解説
 大島駅から歩いて10分強、北砂5丁目団地を貫く道路脇の茂みの中にあります。「精製糖工業発祥の地」と題した解説板は江東区が設置したもので、隣には1941年に大日本製糖が設置した「我国精製糖発祥之地」の記念碑もあります。こちらの方が古くて由緒もあるのですが、碑文がないため、江東区設置のものを標題とします。
 鈴木 藤三郎(すずき とうざぶろう)は静岡県の出身で、菓子商の養子となって家業を継いだので、砂糖には縁があったのでしょう。トヨタの創業者・豊田佐吉(とよだ さきち)と並んで発明王と称されたと言いますが、この精製糖の製造以外にはあまり聞いたことがないですねえ。
 郷里で氷砂糖を製造していたようですが、上京して鈴木製糖所を設立。1895年には日本精製糖株式会社を設立します。ここではサトウキビを原料とするラム酒も作っていたようです。この頃他にも製糖会社を設立する動きがあちこちで起きますが、これは日清戦争の結果、サトウキビの産地である台湾を領土としたことが関係していると思われます。
 そして例によって渋沢栄一(しぶさわ えいいち)が1896年、日本精糖を設立しています。この会社と日本精製糖が1906年に合併し、大日本製糖とな

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