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「女子聖学院発祥の地」

ひっそり佇む可愛らしい碑

★ジャンル【学校】
★場所 中央区明石町6−23
★最寄駅 東京メトロ有楽町線新富町駅、日比谷線築地駅

これまでの23区発祥の地一覧

★碑文
「この地は女子聖学院発祥の地 もと築地居留地14番であった。そこに建つ14番館が、宣教師ジョン・マッケシブ先生の居宅だった。1905年、米国のクリスチャン・チャーチ(ディサイプルス・オブ・クライスト)の宣教師バーサ・F・クローソン女史が借り受け 婦人伝道師の養成を始めた。開校式は同年11月1日教師3人に生徒10人であった、という。今日では幼稚園から大学院までを擁する総合学園となっている。」

★解説
 居留地中央通りから一つ隅田川寄りの大通り、「青山学院記念の地」から少し南のマンションの敷地境界植え込み内にあり、ちょっとわかりにくいです。時期はかぶらないのですが、築地居留地の敷地としては青山学院の源流である海岸女学校の隣の敷地です。背の低い四角錐の可愛らしいデザインです。背後の生垣には穴が空いていますが、どうも本来ハート型をかたどっていたようです。クリスマス期間にはこの生垣に飾り付けがされるそうですが、私はまだ見たことがありません。今も中学校の授業に「園芸」があり、碑の周りの花壇もきれいに整備されています。
 碑文にもあるように当初は神学校として開設されました。キリスト教の宗派は日本人にはわかりにくいのですが、クリスチャン・チャーチ(ディサイプルス・オブ・クライスト)とは長老派の流れを組み、アメリカで生まれたディサイプルズと呼ばれるプロテスタントの一派です。
 日本には1888年に宣教師が来日し、秋田で活動を始めます。その後も東北地方に多くの宣教師が来日しました。そして1903年、東京・駒込に聖学院神学校(現・聖学院大学)を設立します。これは男子のみでしたので、1905年

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