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「マイクロウエーブ幹線創始之地」

テレビ中継に欠かせなかった無線インフラ

★ジャンル【産業】
★場所 港区元麻布3−8−43
★最寄駅 都営、東京メトロ麻布十番駅

これまでの23区発祥の地一覧

★碑文
「昭和29年4月1日東京大阪間を結ぶマイクロウェーブ回線がこの地を起点として開通した。この回線は4000MHz帯を使用し周波数分割多重市外電話360回線または放送用白黒テレビジョン信号を、周波数変調方式により伝送するものであった。無線による周波数分割多重方式は昭和15年米澤滋博士が世界にさきがけ超短波によって実用化し無線の多重化技術の基礎を確立したものである。戦後黒川廣二博士を中心とした諸先輩がこれを発展させ今日の輝かしいマイクロウェーブ技術の進歩をみた。いまやマイクロウェーブ回線は全国テレビジョン中継はもとより市外電話回線網の中枢をなしている。またこのマイクロウェーブ技術はわが国が開発した自主技術として世界の最高水準を行くものである。この碑はこの地がマイクロウェーブ幹線創始の地であることを記念するとともにわが国のマイクロウェーブ技術の発展に寄与された諸先輩の偉大な業績を偲んで建立したものである。」

★解説
 六本木ヒルズからさくら坂の歩道橋を渡り、まっすぐ路地を入って左側2軒目のマンション敷地奥にあります。かなりわかりにくい上にマンション内ですので立ち入りの際は管理人などに断ってください。
 マイクロウェーブ回線とは、波長が短いマイクロ波を使って電話回線やテレビ映像などを伝送するもので、電話回線であれば大容量を送れ、情報量の多いテレビの伝送には欠かせないものです。まあ今では光ケーブルが全国張り巡らされていますので、その役割は極めて小さくなっていますが、戦後の復興期、電話需要が急増する時代には大きな意味がありました。
 この碑で出てくる米澤滋(よねざわ しげる)博士は、この碑を建てた時の電電公社総裁で、「自動電話交換発祥之地」でも出てきました。黒川廣二(くろかわ ひろじ)博士はその部下で、やはり電電公社の技師長を務めた人物です。
 この碑文を読むとマイクロウェーブ回線は電電公社が開発したのかあ、と思いそうですが、そうではありません。実は東京大阪間で始めてマイクロウェーブ回線を築いたのはNHKです。この回線がないと、東京と大阪で同じ

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