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もしも君が泣くならば

あれは、高校一年生の頃。ある土曜日の昼下がりのことだった。
学校から帰ってきて何をするでもなくダラダラしていたら、傍らに置いてあった携帯電話から四和音の着メロが鳴った。
液晶に目をやると“純”と表示されている。小学生時代からの友人だ。
おもむろに手を伸ばし、通話ボタンを押した。

「あ、もしもし、今大丈夫?」

純はそう言いながらも、こちらの返答を待たずに続けて話す。

「ちょっとさ、今すぐ俺んちに来れたりする?」

僕は、なんとなく時計に目をやりながら、

(今から家を出て純の家まで普通に自転車で向かって約十分、ちょっとかったるいからダラダラ向かうとして約ニ十分、途中でコンビニに寄って立ち読みすることを考慮して約三十分、えーと……)

「あー、四十分くらいかかるかなぁ……」

「えっ、そんなにかかる?ちょっと早く来て欲しいんだけど」

どうも話を聞くところによると、僕とは別の高校に進学した純は今日彼女が出来たらしい。
ずっと好きだった女の子に告白をして良い返事が貰えたようだ。
そこまでは良かったのだが、純と同じ高校に通っている、僕にとっても共通の友人である小田(こちらを参照)もその成功例を見て感化されたのか「俺も好きな子に告白する!」と息巻いて突撃したのだが、あえなく撃沈したとのことだった。

「そんでさ、今ちょっと困った事になってんだよね」

「えー、なになにー?」

僕はリビングで、テーブルの上にあった煎餅を齧りながらテレビを眺め、適当に相槌を打った。

「いや、お前の事だから、これを聞いたら面白がってすぐに駆けつけてくれると思って」

ナメんな。僕は暇じゃない。くそ暇だけど。
誰が駆けつけるもんか。そんな、ちょっと誘ったらついてくるみたいな軽い男だと思わないでよ。今日はイマイチそんな気分でもないし。家でゆっくりしていたいのだ。そういえば高校の友達から借りたプレイステーションのソフトもまだ途中だ。

「んー、どうだろねー」

と、僕はまた曖昧に返す。
純はこう続けた。

「そのフラれた小田が今、俺の部屋のベッドの上で毛布にくるまって泣いてるんだけど」


「五分で行くわ」


僕はすぐに家を出て、自転車に飛び乗った。



「小田!俺が来たよ!もう大丈夫!」

僕が純の部屋のドアを開けるや否や、爽やかな笑顔で言い放つと、毛布の上からでもわかるレベルでビクッとする小田。

「……え?なんで、お前が来るの?」

「俺が呼んだんだよ、元気出してもらおうと思って」

震える声で問い掛ける小田に、さも当然と言わんばかりに純が答える。

「いや……、こんなときに絶対に呼んじゃダメな奴じゃん……」

なんだか、すごく失礼な事を言われたような気もするが、そんな事は気にしてはいられない。かけがえのない友人のピンチなのだ。

僕はベッドに腰を掛けながら

「大丈夫!俺が来たから!ねえ!」

と、無理矢理毛布を引っぺがそうとするが、鬼のような力で抵抗する小田。

埒が明かないので、そちらは一旦諦め、まずは詳しい話を聞こうと純に詳細を聞くことにした。
曰く、放課後に「俺も告白する!」と息巻いて目当ての女子がいるクラスに向かっていた小田は、道中でその目当ての女子が上級生の男子と手を繋いで帰るところを偶然見かけたらしい。
ちょうどタイミング良く(悪く)、その現場をモロに目撃してしまった小田はその場で意気消沈。そして今に至る、とのことだ。

「なるほどね。そりゃ、また……仕方が無いやつだ」

話を全部聞いてそう感想を述べる僕に

「仕方無くない……」

と毛布の中から小田が反論する。
(ちなみにこの時点で僕は小田の顔を一度も見ていない)

「もういいじゃんか!ダメなもんはダメなんだし。出て来いよ!一回死んだら交替でロックマンやろうぜ!

と提案するも小田は一向に出てくる気配がない。
こうなってくるとこちらも手の出しようがなく、結局、毛布の中でシクシク泣く小田のすぐ横で純と僕は漫画を読みだした。


どれくらい時間が経っただろう。

「なんか泣いてんのが馬鹿らしくなってきた……」

と、小田が唐突に毛布から出てきた。

今まさに読んでいる漫画が佳境を迎えていた僕は

「あ、もう少し泣いてていいよ」

と言うも、彼は毛布の中には戻らなかった。
まぁ、せっかく出てきたのなら…と、うとうと居眠りをしていた純を叩き起こして小田の今後について話し合った結果、僕と純で小田の髪の毛を切ってあげようという流れになった。

日本では古来より失恋した者は髪の毛を切るという風習がある。
我々は小田にもこの恋の苦い思い出を断ち切って欲しかったのだ。髪の毛と共に。嘘だ。ただ面白がっていただけだ。「俺らカリスマ美容師(当時の流行語)だから、任せて」とか言って。

ベランダでキャッキャッと騒ぎながらそんなことをやっていると、自然と小田にも元気が戻ってきた。

そうこうしていると、純のお母さんが「ごはんよー」と階下から呼びかけ、僕と小田はそそくさと純の家を後にしたのだった。


帰り道で、僕はなんとかもっと元気づけようと、
「女なんて星の数ほどいるよ」
なんて知ったようなことを言おうとしたが「星の数ほどいるよ」と「山ほどいるよ」がごっちゃになって

「小田、女なんて山の数ほどいるよ」

と口走ってしまい、

「いや、ピンと来ねーよ」

と、しっかりツッコミが入ったところで、僕たちはゲラゲラ笑い合った。

「マジで好きだったけど、もういいや」
そう言って、吹っ切れた顔をして遠くを眺めている小田の後ろ姿を見守りながら、僕は

「あ、山見てる」

と密かに思いながら、元気を取り戻した姿に安堵していた。



友よ、君は覚えているだろうか。

あの夕焼けに染まる島田川の風景を、君は覚えているだろうか。

二人で「女なんてクソだ」と必死に強がって肩を叩き合ったあの日の事を、君は覚えているだろうか。


別れ際に、泣き腫らした目で僕を真っ直ぐ見つめながら

「お前、今日のこと、ネタにして人に話すなよ」

と僕に言ったことを、君は覚えているだろうか。


すまん。


僕は、今、思い出した。


でも、せっかくここまで書いちゃったし。
2500文字くらい書いちゃったし。

すまん。

いっちゃうわ、これ。
投稿しちゃうわ。
小田、マジごめん。超ごめん。



超ごめん。




お金は好きです。