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漢たちの挽歌

人の数だけ美学がある。

僕自身が高校生の時からずっと言っている
「マヨネーズをかけないカレーなんてありえねぇ」
というのも。
音楽をやっていた頃の僕の師匠が言った
「野球部なんてただのハゲじゃん」
というのも。
失恋したばかりの友人の姉が缶ビール片手に言っていた
「B’zファンの男にろくな奴は居ない」
というのも、僕に言わせれば立派な美学だ。ある種の。
なんか冒頭から既にちょっと違うような気もするけど気にしない。

「美学とはなんぞや?」と問われれば僕はこう答えたい。

徹底的に追求し、こだわり抜く事である。と。

我々が当たり前のように過ごす日常も、よくよく目を凝らしてみれば、随所に自分の美学が在り、そして自分以外の誰かの美学も交錯している。

「これはダサいな」と思えば、其処に美学は無く。
「なんか、いいな」と思えば、其処には必ず誰かの美学が在る。

他人がそれをどんなに「くだらない」と言い捨てたとしても。
本当に大切なのは、己が信じたそれを貫き通すことなのだ。


というワケで。


今回は僕の「いかがわしいDVDをレンタルする際の美学」について語りたい。



【step.1】結界なんてぶち破れ


一般的に普通の映像作品が並べられている区画と、そういったピンクの波動を放つ映像作品が並べられている区画には簡易的な結界が張られている。

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これに見覚えがあるだろう。男性諸君は特に。
正確に言うと、このロゴが印刷された暖簾を。ない?いやいや、あるでしょ。あるくせに。すけべ!

「いかがわしいDVDを借りることに関して弱者」
略して、イカ弱が

「まず、この暖簾をくぐって行けないんですよね…」

といった内容の事を言っているのをたまに聞く。
なるほど。わからない事もない。
「くぐるところを知人に見られたらどうしよう」とか「知人じゃなくても変な目で見られたらどうしよう」という事を心配しているのだろう。

結果、普通の映画とかを探しているふりをしながらピンクコーナーにじり寄り、ふと気づけば真後ろに暖簾があったので、「別にそんなつもりで来たワケじゃないけど一応ここまで来ちゃったしまぁ一応いっとくかぁ」みたいな感じで軽く首を傾げながら、辺りに人が居ないことを確認して暖簾をくぐる、なんて超銀河爆裂究極最大圧倒的ダサい行為をしてしまいがちだ。

中学生時代、体育祭のときに三年の応援団長が言っていた。

「恥ずかしいと思う事を恥ずかしそうにモジモジしながらやるから余計恥ずかしくなるんだ」

堂々とすればいいのだ。世間は思っているほど自分なんか見ていない。
僕クラスになると、入店してから最短ルートで暖簾をくぐる事に命をかけている。その間わずか数十秒である。
「それ以外には興味ありません」といった潔さだ。
目的を見失うべからず。タイムイズマネーだ。何をしにレンタル屋に来たか今一度思い出すべきである。揺るぎない決心は心の強さ、すなわちアドバンテージに変わる。
最短距離で、最大速度で潜り抜けるのが賢明だろう。これ以上、興味もクソもないB級海外ドラマのコーナーで二の足を踏む必要はない。風のように駆け抜けろ。
ただ、暖簾の向こう側に人が居るかもしれないし、店内で走ると危険でお行儀も悪いので注意が必要だ。


【step.2】アダルトコーナー イズ バトルフィールド


イカ弱はこうも言う。

「本当に観たいやつが恥ずかしく借りれないんですよ…」
「物色したい棚に先客がいたら諦めちゃうんですよね…」

愚の骨頂である。

目的の棚の前は戦場と認識すべし。
スラムダンクでゴリが言っていたじゃないか。「ゴール下は戦場だ」と。
肩から割り込み、体で入っていくのだ。
…まぁさすがにそれをやっちゃうと喧嘩になりかねないので、横にぴったりくっついて地味にプレッシャーを与えたり、咳払いで牽制するのが一般的だろう。ちなみに、この技術はブックオフで立ち読みしたい漫画の棚の前に居座る奴相手にもそこそこ使える。

趣味趣向は個人の自由だ。己の心の声に耳を傾ければ、自ずと目当てのコーナーへ足は向かう。あとは気取らず、飾らず、偽らず。好きな作品を好きに手に取り吟味すべし。間違えたっていいんだ、君らしく在れ。もしハズレを引いたとしても旧作なら100円程度の損失だ。勉強になった割には、参考書より遥かに安い。むしろ得したと考えるべきだろう。

参考までに言わせてもらうが、僕は一度全コーナーに目を通す。
バイト先に来る本社のお偉いさん感覚である。
初めて見る顔には「おっ、新人さん?どう?慣れた?」と親しげに話しかけ、ベテランのパートさんには「お元気ですか?なんか前〇〇って言ってましたけど、あれどうなったんですか?」と配慮する。
そして一通り回ったら、さっきまでのにこやかな表情が嘘だったかのように上司の顔になり「ちょっと今いい?」と店長を呼び出し、事務所で数字や業務確認で詰める。そんな感覚で真剣に作品を吟味し、選別している。
僕は何の話をしているのだろう。やめやめ。次。


【step.3】差し出したるは“覚悟”なり


ここまでは誰だって出来る。問題はここからだ。

イカ弱いわく

「結局はレジに持っていけないんですよね…」
「男の店員さんじゃないと恥ずかしくて借りられない…」

確かに、ある意味では此処こそが山場だ。

しかし考えてみて欲しい。例えるならば、

1+1=2

今、我々はこの「=」のところまで来ている。
1と1を足してしまった以上、今更どうあがいたって結果は「2」なのだ。
後戻りなんて出来るはずもない。もう進むしかないし、もう「2」が目前に来ている。
それに、レジに持っていくのは単なる「商品」ではない。

己の生き様、そのものである。

臆する必要はない。自信をもって差し出そう。
相手が男性だとか女性だとか、そんなのは関係ない。
そりゃ、その店でいかがわしいDVDを借りる客が月に一人か二人程度しかないような状況であれば、マイノリティ的な居心地の悪さも込みで気まずいというのも理解はできるが。
ハッキリ言ってそういう客は履いて捨てるほど居るし、全然珍しくもなんともない。それで売り上げが成り立っている店もあるのではないだろうか。勿論、店員さんもいちいち気にしていない。
なんなら、僕の先輩は敢えて積極的に女性のレジに並ぶと豪語していた。
これには流石の僕もちょっと引いたが。

それから、この商品を差し出す際に、一番やってはいけない行為がある。

レジまで商品を数点ほど所持し、カモフラージュで一番上に普通の映画作品を置く、といった手法だ。
オーソドックスな手法ではあるし、けっこうな確率でやっている人を見かける。

気持ちはわかるが、これ以上ないほどの悪手である。この世で一番ダサい行為だと言っても過言ではない

相手(仮に女性店員として)の気持ちになって冷静に考えてみよう。

お客さんがレジまで来て商品を差し出す。
軽く目をやると一番上に「トイストーリー」とか「モンスターズインク」が見える。
「お子さんと観るのかしら、それともお一人で?うふふ」
と、ほんわかした気持ちでバーコードを読み取り、一枚めくったら

「素人ナンパ列伝 ~名古屋編~」

なんてものが出てきたら、どう思うか。
幻滅である。
頭の上には「ガビーン」とオノマトペが浮かび、ちびまる子ちゃん並みに顔に縦線が何本か走るだろう。
「霊長類最強の不潔!!」なんて必要以上に嫌悪される恐れすらある。

ヤンキーが雨の中捨て猫に優しくしているだけで株が爆上がりするように。
ギャップは人を惹きつけるが、逆もまた然りなのだ。

それを利用してというか、なんというか。
正解なんてものがあるかどうかはわからないが、僕はむしろ一番上にいかがわしい作品を置く。若干ドヤ顔で。何かを成し遂げたかのような顔で。

当然、店員さんからすれば一番上に置かれた、卑猥な単語が並ぶDVDの表面を見て、
「あらやだ」
なんて一瞬眉を顰めるかもしれないが、一枚目を処理し、二枚目を手に取ったときに

「ショーシャンクの空に」

とあったら、

「なんて知的…!LINEのID教えてください!」

となる可能性もあるではないか。あるワケねーだろ!!!!!


【step.4】終わりなき探求を


最後の最後で「何を真面目に語ってんだ俺は」という悪しき心に負けてしまい、取り乱してしまって本当に申し訳なく思っている。

インターネットの普及により今となっては、わざわざそこまでして己の勇気を試すかのような行為をしなくてもよくなったのかもしれない。
僕もこんな事を書いておきながらもう十年くらい、あの暖簾の向こう側には行っていない。

しかし、ふと思い出してしまう。

暖簾をくぐった先で繰り広げられる、一言も言葉を交わさないにも関わらず、なんとなく空気を読みまくる男たちの、……いや。
漢たちの連携による気遣い。
尊重し合う心。
ほんの少しの共感。
「俺もその棚見たいんだよ、早くどけよ…、ほたるの光が流れ始めてんじゃねーか」という焦燥感。

そんなあれこれを思い出して、少し寂しくも思ってしまうのだ。


あと、せっかくの土曜日に、嫁と娘はコストコに行き、
「うちの親も両方来るし、パパ気まずいから一緒に来ないでしょ?クロネコヤマトで荷物届くから留守番お願いね」
と嫁に言い渡され、昼下がりの部屋でお茶を飲みながら、独りで黙々とこれを書いている。こんなものを。


それもまた、

ひどく寂しく思えてならないのだ。



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お金は好きです。