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手触りのある幻想を【 #ひかむろ賞愛の漣 応募作品】

過去にも何度か書いてきたが、猫が好きだ。
どれくらい好きかと言うと、YOUTUBEの履歴に基づくオススメ動画の八割が猫ちゃん動画になってしまうほどである。どう考えても見過ぎだ。
世の中の「愛らしい」と表現されるものすべてを凝縮したかのような風貌、鳴き声、性質。
何をとってもパーフェクト。
まさに究極生命体とも言えるだろう。

何よりも母猫の、“我が子の為なら自らの身も顧みない”あの無条件の愛には心を打たれるばかりだ。勿論、これは猫に限ったことではないのだが。

まだ生まれて間もない子猫を道端で発見したことがある。
思わず抱きかかえようと手を伸ばした瞬間、背後から猛スピードで駆け寄る小さな足音と「シャー!」という威嚇が聞こえた。
思わず手を引っ込め振り返ると、母猫と思しき猫がこちらに向かって戦闘態勢で構えていた。
僕は「ごめんごめん」と言いながら足早に距離を取り、ある程度離れたところで警戒を解いた彼女が我が子を咥えて移動させているのを見守った。

自分よりも何倍も大きな敵に、あれほど感情的に、真っ直ぐに戦いを挑めるだろうか。
勝ち目などない戦いに迷うことなく身を投じることが出来るだろうか。
僕は遠ざかる猫の後ろ姿を見ながら少し考え込んでしまった。
誰に教わったワケでもない。本能がそうさせるのだろう。

それ以来、僕はますます猫を目で追うようになってしまった。
安心しきって身を預けまどろむ子猫を毛繕いをする母猫。
そんなありふれた光景一つにも心を掴まれてしまう。

何があっても守る。例え命に代えてでも。
そんな無償の愛。
これこそが“慈愛”の精神ではないだろうか。
そして、其処には先述した本能だけではなく、
我々が“情”と呼んでいるものも多分に含まれるものだと僕は信じたい。

そう。
これが本当の。

慈 愛 情。




すみません。真面目にやります。



実は最近、敢えてこの手の話題は封印していたのだが、今回のテーマ的にちょっとだけ溜まりに溜まったパワーを解放したいと思う。


娘が可愛くて仕方が無い。


早いもので、この夏で六歳になる。
保育園ではぼちぼち気になる男の子もできたようで、その子の話をしたり。
可愛い洋服を買ってもらえると帰ってからプチファッションショーをしたり。
兄弟が弟一人だけの僕は
「あぁ、女の子がいる家庭ってこんな感じなのか」
とニマニマしながらそれを眺めている。

先日、晩御飯を食べ終わりテレビをぼんやり眺めていると、嫁が口を開けてうたた寝を始めた。
それを見て僕はちょっとした悪戯を思いついた。

録画していたプリキュアを夢中になって観ている娘に
「ちょっと面白い事思いついたんだけど…」
と声を掛けると、興味津々でこちらを振り向く。

「寝てるママの口にお菓子入れちゃおうよ」
と、話を持ち掛けるとクスクス笑いながら
「やるやるー」
と乗ってきた。悪戯好きなのは僕に似たのかもしれない。

さっそく台所にあるチョコレートのお菓子を持ってきて娘に手渡し、
「では頑張ってください!」
と言うと
「はい!がんばります!」
と僕に敬礼をする娘。かわいい。

忍び足で嫁に近づき、娘が必死で笑いを堪えながら嫁の口にチョコレートをそっと入れた。

「んがっ!」

と言って目を覚ます嫁。
それを見て僕と娘は「わははははは」と笑った。

しかし、悲劇は起こった。

「……なんでこんな事すんの?」


思いの外、ガチのトーンで怒りだす嫁。


僕も娘も予想外のリアクションにただただ面食らうしかない。
しかも、あろうことか怒りの矛先は実行犯である娘に向いた。

「たとえチョコだろうと寝ている人の口に物を入れるのは良くないでしょ」


……仰る通りです。ぐうの音も出ません。


いきなり怒られて、さっきまでの笑顔が嘘のように曇っていった娘は俯いてしまった。

慌てて間に入る。

「ごめん!俺が言い出してやらせちゃったんだよ。俺が言い出しっぺなの。ごめんね」

「は?あんた何考えてんの?なんでそんな事させんの?保育園でお友達に同じ事したらどうすんの?」

怒りの矛先が僕に向いた途端、今までよりも更に攻撃の手を強める嫁。

僕はひたすら「ごめんごめん」と謝りながら、ふとあのときの母猫の事を思い出していた。
“自分の事を顧みず大切な存在を守る”ということ、をだ。


娘の泣き顔は見たくない。
常に明るく笑っていてほしい。
先の長い人生だ。躓くこともあるだろう。傷を負うこともあるだろう。
僕だってそうだ。ノーダメージで生きてきたワケではない。
しかし、娘が少しでも、暗闇から一歩でも踏み出せるのであれば。
その為に払う犠牲なんかは何にも惜しくない。心からそう思う。


目に涙を溜めながら顔を上げる娘に僕は心の中で誓った。
君がこれから流す悲しみの涙を一滴でも減らすことがパパの使命だ。


娘が口を開く。


「ママのいうとおりだよ!パパのくせに、なまいきだよ!!」



所詮、愛なんてものは幻想である。

ありもしないものを、形もないものを、在ると自らに言い聞かせている愚かな群衆に騙されてはいけない。
曇りなき眼で見定めよ。真の理を。合理こそ正義だ。

そんな不確かなものについてああだこうだと語る暇があるなら、さっさとクソして寝た方がよほど建設的だ。睡眠時間も確保できるし。明日の朝の目覚めも幾分良くなるだろう。それでいいじゃないか。

ね、そういうこと。

なんすか?

今日はもう店仕舞いだよ。

なんだおら、見せもんじゃねーぞ。

ほら散った、散った!



※)「石と言葉のひかむろ賞」参加作品です。
詳細はこちらの記事で。
あゆみさん、素敵な企画をありがとうございました。


お金は好きです。