信じる、より感じる〜本のひととき〜
「始まりの木」夏川草介
日本で生まれ育ちながらも、この国をどれだけ知っているのか問われると自信はない。
地名の由来や成り立ち、しきたりなど。古くから伝わる物事をないがしろにしている感さえある。
「未来のために過去を調べる」そんな思いで民俗学を追求する大学准教授・古屋と、彼に導かれるように入り口に立った院生・千佳が全国各地を旅する物語。本書には弘前、京都、長野、高知、東京が登場する。もちろん観光目的ではない。
風景描写が見事。千佳が感じた木漏れ日の眩しさや風の匂い、じりつくような陽射しを私も体感しながら次々とページをめくった。
自らの足で現場を歩き、明らかにする。それがフィールドワークだ。
「こんな時こそ民俗学の出番だと思わないか?」
古屋はそう言った。不自由な足で、ステッキ片手に歩き回る。揺るぎない信念と情熱の持ち主。口が悪く辛辣な性格だが不思議な魅力にあふれている。千佳もそこに惹かれて民俗学の扉を叩いたのだ。
「こんな時」とはいつだろうか。
思わず現況に重ねてしまった。
不安な状況下、情報が溢れる世界。私たちはたくさんのものを見てはいるが、それは視界の端を右から左に通り過ぎているだけではないか。
目に見えること、理屈の通ることだけが真実ではない。
ただ見るだけでなく、五感をフル稼働して感じること。鵜呑みにせず、体感すること。それから自分の言葉にすること。
読み終えて、私はこれを大切にしたいと分かった。
最後に、先日カフェで読み返したのは本書です。一度読破し、もう一度噛み締めたいと思えた。
そこに行かなければ出会えない景色がある。
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