反故(ゲイ小説)

20代後半になり、一人でいるのがだんだん辛くなってきた。
新卒の頃は一緒に飲みや旅行に行っていた同期の仲間たちも、今は結婚子育てに忙しいようだ。
この半年は、とくに連絡も来ていない。
かといって、ゲイ活動を隠れてやってきた自分には、気軽に会えるようなゲイ友だちもいなかった。

週末の一人で持て余す時間。
そして、こう考え始める。
この先ずっと、もしかしてこのままずっと、孤独なのかもと。


いや、これじゃダメだ。
この行き止まりを打開しようと、僕はある計画を実行に移した。
兼ねてから考えていた、カミングアウトだ。
一番仲の良い同期の女友だちに打ち明けてみようと思う。
彼女なら、馬も合うし、お互いの好き嫌いを分かり合っている。
もう一人で抱えたくなかった。今の孤独に共感してくれる人が欲しかった。


そんな一方的な思いで決まったカミングアウトは、当然ながら良い結末とはならない。
そこに待っていたのは、ただ何も変わらない日常だった。


カミングアウト当日。
僕は近所のカフェに彼女を呼び出した。彼女は社内の先輩と結婚して、今絶賛妊活中だ。

「久しぶりー。どうしたの?いきなり。なんかあった?」

『おー、いきなりごめん。』
そこからは、2人でいつもの話題を重ねる。
定時寸前に仕事を振る課長の悪口、だれかの社内不倫の噂、一番に出世した同期への羨望と妬み。
そして、一通り話し尽くした後、僕は話しを切り出そうとした。


けれど、喉が詰まって、言葉が出てこない。
ストレートの彼女にゲイだと伝えるだけ、
そう考えていたのは甘かった。
自分が想像していたより、よっぽどハードルが高かった。

口に出る言葉は詰まり、無言の間だけが空く。

「なに?、どうしたの?」

彼女の問いかけに、僕はやっと口を開く。『ちょっと、相談というか、告白したいことがあってさ。』

「なになに、どうした?話聞くよ」
ただならない雰囲気を感じたのか、彼女は座り直してしっかりと話を聞く姿勢をとってくれた。

『あのー、僕さ、実はゲイなんだ。
男が好きなんだ。』
目を見て言えなかった。テーブルをただ見つめる。


「そうなんだ、
そんな気はしてたけどね。ありがとう言ってくれて。」

その答えを聞いて、やっと目を上げる。

そこからは、自分がゲイだと自覚した経過や、最後にはお互いに好きな俳優を言い合うまでに打ち解けた。
これはカミングアウト成功だよな。僕は充実感を胸に帰りの道を歩いた。


数日後、社内で彼女に出会した。
いつもの調子で絡んでくる。

けれど、何かがおかしい。
ゲイだとカミングアウトした事実は消え、話題にもされない。
彼女はいつものストレートの同期として、僕に振る舞ってくる。
そう、カミングアウトは、なかったことにされていたのだ。


けど、それは受け入れるしかないだろう。
今思えばカミングアウトされた相手にとっては、その事実をどのように受け止め、対処するかを強いるものだ。
その結果がオープンな態度でないとしても、彼女を誰が責められるだろうか。
一方で自分のアイデンティティを否定された感覚がして、苦しかったのも事実だった。

結局、その後、彼女は妊娠して、今は育児に奔走している。

僕は相変わらずの毎日が続く。


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