使い捨て(ゲイ小説)

 
僕が初めて彼と出会ったのは、20代の前半。大学を卒業して、社会人として働き始めて直ぐのことだった。その頃は、社会人としての生活に慣れていくのに精一杯で毎日が慌ただしかった。彼氏ができたら良いなとは思っていたけどそこまで執着もなくて、一人の身軽さが好きだった。

久々の休日。日頃の寝不足を解消するように泥のように寝て、夕方過ぎに起きた。携帯をいじって数時間。暇を持て余していたけど、しばらくすると身体の疼きに気付いた。こういう時、発展場があればいいんだろうが、この辺にはそんなものはない。
掲示板で募集をかけてみる。マッチングアプリより、掲示板の方が好きだ。面倒くさいやり取りはないし、外見にレベルが付けられることもない。

掲示板に募集を載せてから少し経った頃、メールが来た。
『俺もムラムラしていました。近くならどうですか? 178 89 37』
プロフを読んで、相手を頭の中に想像してみる。
ガタイの良い身体。一回り上だけど、年上好きだから逆に高得点だ。勝手にラグビーとか、スポーツに打ち込んでいるスポーツマンを思い浮かべる。

「こんにちは。メールありがとうございます。体格良いですね!
よければ、3丁目の温泉に行きませんか?」
返信。こういう時はただやるだけが多いけど、今日はそれだけじゃなくて話したかった。

『俺は大学でずっとラグビーやってたから、身体はでっかいと思いますよ。
温泉いいですね。行きましょうかー』

思い通りの展開にドキドキしてしまう。でも、ラグビーやってた人と温泉か..。
僕から誘っておいてだけど、仕事のストレスで食べまくった自分の身体を思い起こして、少し後悔する。鍛えてる人って、大体相手にも同じレベルを求めるからな、幻滅されるかも。でも、行くだけは行ってみよう。

そのあと、待ち合わせの場所と時間を簡単に打ち合わせる。
この街で、一番広いスーパー銭湯。無駄に駐車場が広いので、ここを待ち合わせ場所にした。建物の奥にある、人気のない自販機の前が指定の場所だ。
 
こういう時はいつも、自分が先に出て待っておくか、それとも相手が出てきてから駆けつけるか迷う。
何回か待ち合わせの経験はあるけど、先に自分が出て待っていた時に、

『ごめん、無理だわ』

その一言をメールで告げられて、帰られたことがあった。
僕はイケメンとは言い難いし、背も高くない。ガタイも良くない。そりゃ、そうだよなと自分を思い込ませても、粗雑な扱いは悲しくなるものだ。

でも、今回は迷う暇はなかった。自販機の前に車を停めると、彼がすでに着いていたのだ。
自販機の少しの明るさに照らされた姿。
パッと見ただけでもわかる、がっしりとした身体つき。Tシャツを着ていても、背中や胸に鍛えられた筋肉のシルエットがわかる。
ドキドキしながら、僕も車を降りて彼に近づく。

「こんばんは、やり取りしてた者です」
『あぁ、』
次の一言が怖くて、顔を見れない。
『こんばんは。やっぱり、20代は若いな、かわいい子でよかったよ。』
その一言で、やっと顔を上げる。
 
めちゃくちゃ男前な顔が目に映った。顎のラインが深くて、見惚れてしまう。正面に立つと身体の大きさに、さらにドキドキが増していく。

『これ、あげる。一緒に飲んでから風呂行こうか。』
渡された缶コーヒー。少し冷たくなっている。わざわざ買って、待っていてくれたようだ。そのやさしさと、可愛さにときめく。
缶コーヒーを飲みながら、しばらく身の上話しをして、そのまま一緒に風呂へ入った。
彼は気さくだけど、喋り過ぎることもなくて、沈黙の取り方すらなんだか大人な男だと感じた。

風呂に入った後、駐車場に戻る。正直、風呂の間のことは、緊張でよく覚えていない。これから、どうなるのだろう、タイプじゃなければ解散だろう。

『それじゃ、この後どうする?』
彼の方から聞いてきてくれた。
僕は勇気を出して言う、
「家に来ませんか?」


そして、僕は今、腕枕をしてくれている彼の横に寝ている。男の身体って熱いんだな。
身体が熱っていくけど、離れる気にはならなかった。


結局、彼とはその後も頻繁に会うことになる。
けれど、幸せな時間は長く続かない。
そういうものだ。

別れの時は簡単に訪れた。

僕はセックスだけじゃ嫌で、もっと他愛のない会話をしたくて、何回かご飯に誘ってみた。けど、いつも仕事や予定があるとかで、うやむやにされてしまう。
ある日、聞いてしまったのだ。聞いたら終わりだ、ということはわかっていた。でも、我慢できなかった。
「彼氏、いますよね?」
『ごめん。俺はゲイじゃなくて、結婚して子どももいるんだ、
言ってなくて、本当にごめん』
初めてみる彼の申し訳なさそうな顔。それすら、見惚れてしまうほど、男前なのに。
彼にとって僕は、たくさんいる息抜きの相手の一人なんだろう。よくある話しだし、責めるつもりもない。
けれど、結局、自分とは折り合いをつけることができなかった。

翌日、僕は彼のメールアドレスを消した。
このままの関係を続けようと思えば、続けられただろう。でも、身体だけの関係に耐えられなかった。きっと、メールが拒否されたとしても、彼は困らない。僕のことはすぐに忘れるだろう。
それでいいんだと、自分に言い聞かせて。




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