リダクト(ゲイ小説)


周りから見たら十分壊れてるように思えても、本人はいたって真面目に生きてる場合がある。


社会人10年目、
新入社員の頃の野心はもう1mmも残ってない。
惰性で出勤して、ただ仕事をこなして帰って来る日々。
自宅と職場を往復する機械だ。
いわゆるブラック会社だと思うが、辞めたところで俺には今さら就活する気力がない。
このまま使い古されていくのがお似合いなんだと思う。


終電近くの電車は、乗客もまばらだ。頭にはなにも考えが浮かばない。
意識せずにいた疲れにそのまま身を任せて、頭を空っぽにしてみる。
すると座っているはずなのに、身体が宙に浮かぶ感覚を覚えた。
その時、



「お前、目が死んでるぞ」



頭上からいきなり声をかけられた。
幻聴か?いや、目を上げるとガラガラのはずの車内に、
僕の目の前で直立している男がいた。



「死んでるぞ」
今度はゆっくり発音してくる。


『はぁ、そうっすね、』
怖過ぎてよくわからない返事をしてしまった。2回言われなくてもわかってる。

なんなんだ、この男は。




「お前、とりあえず辞めた方がいい」

『は、?』
異常事態を前にアドレナリンが出ているのか、身体が固くなり心拍数が上がる。



「本当に死ぬのは、お前みたいな死ぬことすら面倒くさそうにしてる奴なんだよ」

「どうせ宙に浮いてる、とか思ってただろ」



さっきまでの感覚を言い当てられていた。
『なんで、わかるんですか』

「身近にそういう奴がいたから、よくわかる」



両親や同僚、友だちも、
壊れかけの俺に関心を持ってくれる人はいなかった。

なぜだか、彼の言う通りにしようと思った。

『仕事辞めます、』


「そりゃいいな」


そう言い残して、彼はそのまま僕の目の前から離れていった。



まだドキドキはしてるが、それは緊張だけが原因じゃない。
恋愛なんて随分してないけど、これは誰かを好きになった時の感覚だ。
彼がゲイだという確信はなかった。でも、少しの可能性に賭けてみたかった。


彼が降りたタイミングで気付かれないように一緒に電車を降り、後をつける。
彼は駅構内のコーヒーショップに立ち寄った。

俺は9monを立ち上げて、一か八か位置情報を更新。
そこには彼の画像が表示された。

いいねを送ると、すぐに反応が返ってきた。


『さっきのやつだろ、ストーカーは犯罪だ』


その後、どうなったのかは想像に任せる。
けど、機械のように自宅と職場を往復していた俺の生活が、新しくつなぎ直された瞬間だった。


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