暗闇の中で


#宇宙SF


 ふと、暗闇が全てを飲み込んだ。
 そしてそれは光速で広がりつつあった。
 否、そうではあるまい。
 光が失われているのだ。光の供給源が断たれ、そして最後に放たれた残光が今まさに走り抜けたのだ。
 そうして私は暗闇の中。全ては暗闇の中。

 私は知っている。
 たった今、もう一人の私が死んだのだ。
 正確には、ほんのちょっと前に、もう一人の私と言われた存在が死んだのだ。
 光はその命の終わりを教えてくれた。そしてこれから起こる事を知らせてくれた。
 光のない世界。そこは想像以上に冷たく、しんとしていて不気味だ。
 生まれてから一度だって、これ程の暗闇を体験した事はない。
 夜の暗さなんて、訳ない程の真の闇。
 身震いする程の余裕もない、一分の隙もない闇。

 私は知っている。
 この後に、一体どんな事が起こるのか。
 かつて私の周りで話を聞いた事がある。
「いつか光は失われ、終わりのない闇が来るだろう」
 あぁ、その通りになったのだ。そしてこうも続けた。
「そうすれば、きっと巨大な爆発が津波のように訪れ、全てをガスに変えてしまう」
 その津波がいつ襲い来るのか。爆発のエネルギーが想像もつかない程莫大であるから、分からない。
 だが、それが来たら私は終わる。間違いなく終わる。

 思えば私は、一体何だったのだろう。
 私は偽物と言われ、出来損ないと言われ、そしてそれを言う輩も既に去り、孤独に佇んでいる。
 本物は遙か彼方で煌々と照り、偽物は血のような赤い目玉でそれを眺めていた。
 本物は何もかもを愛し、何もかもから愛される。
 偽物は嫉妬、憎悪、そうした感情を撒き散らして睨みつける。
 何故自分がそうなれなかったのか。
 ただ、誰からも愛されたかったのに。
 ぐるぐると渦巻く感情は体表にまで表れ、具(つぶさ)に観測された。
 その恥辱に満ちた日々も、今日意味もなく終わる。
 誰からも見られないし、赤い目玉はもう何も写しはしない。
 光は全て失われたのだから。

 私の死を見届ける者はない。誰も認識する事もない。
 加えてこの暗闇だ。何者も観測する手段すら持ち合わせてはいまい。
 私を眺めていた存在が、かつて存在していた場所は既に消滅した。
 あの光の源が飲み込んでしまったのだ。
 どうしようもない、この現実だけを眺めていた。
 自分で輝く事もできず、ただただ光を見つめていた。

 どん。

 衝撃波が襲う。私の衣をその勢いのままに引っぺがし、みすぼらしい内側を曝け出す。
 誰にも見られた事のない、分厚い衣の下の本当の私。
 真の暗闇の中、最早誰も見る事が叶わないだろうが、それでも私は言い得ぬ感覚に襲われる。
 それも束の間、更に強い衝撃波は私の体を一瞬で粉々に砕き、塵へと変えた。
 そのまま光の届かぬ空間を、亜光速で吹っ飛ばされていく。
 体は散り散りとなり、しかし暗闇の中で意識だけが拡散していくのを感じる。
――あぁ、これが私の終わりなのだ。
 寂しさもあったが、しかしただただ静かにそう思えたのだ。
 だが、私に衝突したガスの内、幾分かが私に語りかけてきた。
――これは別に、終わりではない。
 そう語りかけてくるのは、かつて私の隣にいた奴だ。彼もまた、その巨大な体をガスに変え、そして私と入り交じっていく。
――こうして新しい星が生まれるのだ。だから、何も寂しくはない。
 かつて“火星”と呼ばれた彼の声は徐々に薄れて消えていく。ガスの拡散と共に彼自体も薄れてなくなってきているのだ。
 だが、彼の言葉に、私が感じていた寂しさは打ち消された。
 太陽の周りをくるくると回り続けた百億年。地球と呼ばれた星が飲み込まれ、やがて来るべき死が今日来た。それだけだ。
 そして私達の死体が、やがて再び凝集し、新たな星を生み出す。それだけなのだと気付いたのだ。
「そうだな、次に生まれ変わるなら、かつて地球と呼ばれた星のようになりたいな」
 そう思うと、かつて木星と呼ばれた私という意識は闇に溶け、消えてなくなった。

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