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映画みたいな

カメラ:一人称視点

二日目の朝。和歌山県新宮市の大通り沿いを歩いているとふいに小路と目が合った。突き当たりには山がそびえ立っている。

少し入ってみると、民家の石垣からはみ出した木にみかんがたくさんなっていた。空と山の青さに立ち向かうその鮮烈な橙色が、今もまだ目に焼き付いたまま離れない。

さらに小路の奥へ進むと、ガードレールから下を覗いた所に緑溢れる川が流れていた。黒混じりの白鷺が二匹。紫のアサガオと赤みがかったツタ。浮世絵かと思った。

メインは伊勢神宮のつもりで始まった小さな旅。これは和歌山に全部持っていかれたなぁと独り、にこにこしながら歩き始めた。

カメラ:二人称視点・定点
主人公がガードレールから顔を上げにこにこしながら画面外へ
/ごきげんな主題歌が始まる
/本編以外の景色をダイジェスト

画面いっぱいのタイトル




新宮のホテルから三輪崎まで4.7kmを歩く間、ずっと雨が降ったりやんだりしていた。風が強すぎて傘を差せず、駅まで引き返すのも遠いので雨に濡れながら歩いた。

「思ったより遠いな…」

引き返さなかったことを後悔し始めた頃に目的は達成される。これはある意味自然から学んだことかもしれない。もうそろそろ服も濡れる所が無くなってきた頃、三輪崎に着いた。

マクドナルドの看板は目の悪い私でもあんなに遠くから見えるんだからすごいと思う。近くまで歩いて見てみると、2.5km先と書いてあった。
くそっ!ポテトの気分にさせやがって!

久しぶりにコンビニと再会し、新しいシャツと飲み物を買った。コンビニの有難みについては言うまでもない。

インタビュー映像

「私は生まれた時からセブンイレブンが好きなんですよ。例のロックスターがセブン激推しと知った時、ほらな!そーりゃそうですよ!と心の底から思いましたね。」

インタビュー映像終わり

ファミチキとおにぎりで元気いっぱいまんになり、半分スキップで駅へ向かう。時刻表を確認すると次の電車まで1時間弱。
全然大丈夫!着替えたし!

体は自然と波の音がする方へ。

視界いっぱいの海。

実際に聴く波の音は、動画などで聴くよりも低く、深く、力強く、そしてちょっと怖い。自然だってライブに限るのだ。

駅に戻り、たばこを吸ったり文章を書いたりした。とにかく吹き抜けていく風が気持ちよくて、裸足になった。靴擦れだらけの足が喜んでいた。

その後乗り込んだ電車から見える景色がどれほど素晴らしかったか、そして同じ車両に乗り合わせた人達から放たれるストーリー性がどれほど眩しかったか。残念ながら私の拙い文章力では書き表せそうにない。

まるで映画みたいな、とだけ言っておく。

転換映像:野球部の男子達が戯れ合いながら電車を降りる
カメラ:車内から定点
音声:蝉の鳴き声・フェードイン

串本駅に着くなり、朝貴神社まで歩こう!とまだ元気のこってるまんの私はどんどこ歩き始めた。

ちなみにこの旅の道中、青空は見えていたが一度も晴れなかった。それ故に涼しく、おまけに浮かれていたので三輪崎のコンビニで日焼け止めを買い忘れていた。

この後、大阪へ帰る電車の中で後悔することになる。

インタビュー映像

「朝貴神社までの道のりは植物が濃かったです。側溝の石のタイルに苔が広がってたんで、まさかと思って一回おそるおそる上に乗ってみたらガタッて傾いてすぐに止めました。」

「それ避けて歩くと歩道が平均台くらいの幅しかないんです。木のモジャモジャを潜ったりして完全にトトロでした。大人になってからもこういう気持ちになれるなんて、嬉しい。」

インタビュー映像終わり

朝貴神社に着いたものの、何となく歓迎されていない感じがして中には入らなかった。

長距離を歩く想定など無く、そもそも和歌山に来る予定すらしていなかった為におしゃれ用スニーカーを履いていた。流石に足首を傷めそうな気配があり、そして流石に疲れていた。

帰りのバスまで1時間ある。
正直あまり大丈夫じゃなくなってきていた。

こういう時こそ脳の出番だ。
空と山を眺めながら考える。

木は静かにゆっくりと育つから繁栄できる。
森になり、山になることができる。
何かすごい事をしでかそうと企んで山になるのではないからだ。

ゆっくり動くものにかみさまは優しい。

人間は自分が生きている内にどれだけ得をするかという考えで生きる。
だからいつも焦っていて、騒々しくて、びゅんびゅん動く。
何より傷つけ合うのだ。

それではすぐに滅ぶだろうな。

KuRmi


周辺住民の方が海や船の様子を覗きに来ては、遠くから私をチラチラと見て行った。金髪の眉無し女がデカいリュックを脇に置いて貝殻拾ったりしてたらそりゃ怪しい。通報されても文句は言えない。

途中一度、パトカーが通りがかり思わず目で追った。

1時間後、小さくてかわいいバスが来た。嬉しかった。すごく落ち着く。大きけりゃ良いってもんじゃない。

あんなに大変だった道のりが一瞬で巻き戻されていく。これを人は走馬灯と呼ぶ。死は帰り道なのかもしれない。

串本駅に着き、次の電車に乗るには特急券が必要か駅員さんに尋ね、券売機で購入した。するとわざわざ窓口から駅の出口まで出てきて「上手くいきましたか?」と確認してくださったのだ。

インタビュー映像

「今のところ私が知ってる和歌山県民の皆様は例外なくバチくそ優しいっす。まじで全員もれなく茶粥より優しい。環境が良いと自然とそうなれるんでしょうか。それともやはり努力でしょうか。両方でしょうね。私?私はまだ稲です。」

インタビュー映像終わり

ここから帰阪まではすぐだった。実は旅の出発前から風邪気味だったのだ。にも関わらず着替えが必要なほど雨に濡れていたのでこの後の悪化は確定していた。

元はと言えば体調を犠牲に心の回復をしに来たので、目的は十二分に果たされていた。

途中、和歌山駅で乗り換えるついでにちょろっと駅から出た。土は踏んでおかねば、という使命感からだ。

本当は、体調さえ良ければここでもう一泊したかった。大阪から環状線で1時間半じゃなければもう一泊していただろう。

だってあの和歌山市だよ?
次回は必ず。

転換映像:大阪駅の人混み
カメラ:2階からの俯瞰・定点
音声:映像と同時収録

家に着いた瞬間お風呂に入った。

私が旅に出ている間におばあちゃんからナッツの袋が届いていた。「これ食べたくておばあちゃんに念送ってたんだよねぇ(LINEを送れ)。まじで届いてて怖いわ。」とか言いながらアーモンド色の顔したやつがアーモンドを食っていたところ、奥歯が思いっきり欠けた。

この旅で享受した幸せと引き換えならこれっぽっち大したことない。くれてやる。

エンディング曲

画面いっぱいのタイトル

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KuRmi

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