見出し画像

ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第12回

前回から読む)

ナンナ わたしに仕える騎士殿に連れられて、床を流れる油のように静かに、わたしは部屋から出ていったわ。するとさっそく、わたしたちの目の前に、誰かがうっかり扉を半開きにしておいた、台所女中の小さな独房が見えてきたの。部屋のなかを覗いてみると、女中は(わたしの見たところでは)サンティアゴ・デ・コンポステラにお参りするための施しを求めている巡礼者を部屋のなかに迎えてやって、犬みたいに彼とじゃれ合っているところだったのよ。巡礼者の長衣は、畳んで長持ちの上に置かれていたわ。奇跡を描いた板絵が端に取りつけてある巡礼杖は、壁に立てかけられていた。長衣のポケットには、古くて固くなったパンの欠片がいっぱいに詰まっていて、雌猫が喜んで盗み食いをしていたわ。でも、陽気に取り込み中の恋人たちは、猫のことなんてどうでもよかったの。小さな酒樽が真っ逆さまに床に落ち、ワインがとくとく垂れ流れているのさえ放っておいたんですから。こんな汚らわしい情事のために、わたしたちの時間を無駄にするわけにはいかなかったわ。そこで廊下を先に進むと、またもや穴の開いた壁があって、そこからは食糧係の修道女の部屋を覗くことができたの。待てど暮らせど、恋人の教区司祭がやってくる気配がないものだから、修道女は絶望に駆られ、小梁に縄を引っかけたのね。脚台に足を乗せ、絞首索に首をとおすと、今にも脚台を蹴り倒しそうな格好になり、教区司祭に「あなたを赦すわ」と叫ぶため、口を開こうとしていたの。ところがそのとき、待ち焦がれた教区司祭が、ようやく敷居の上に現われたのよ。部屋のなかへ進み入ると、あろうことか、愛しのきみが末期の言葉を口にしてるじゃないの。修道女の足下に急ぎ駆けつけ、彼女を脚台から降ろし両腕にかき抱くと、司祭は言ったの「これはいったい、どういうことだい? それならば、わが心よ、あなたはわたしを、忠誠に欠ける男だと思ったのかい? あなたの備える、賢明という名の徳の神性は、どこへ行ってしまったのかな? さあ、どこだい?」。こんな調子で、甘美な言葉を矢継ぎ早に浴びせられると、卒倒した人が顔に冷たい水をかけられて目を覚ますときのようにして、修道女は頭を上げたの。凍えた四肢が炎の熱に緩められたかのごとくに、彼女はわれに返ったのよ。教区司祭は、縄や脚台を部屋の隅に放り投げ、修道女をベッドに寝かしつけたわ。すると彼女は、司祭にキスをしたあとで、ゆっくりとこう言ったの「わたしの祈りは聞き届けられました。聖ジミニャーノの聖像の前に、わたしの姿を象った蝋人形を供え、次のような文句を添えてほしいのです。〈聖者の加護に身をゆだね、この者は救われた〉」。そんなことを言ってから、彼女自身の絞首台の鉤でもって、慈悲深き教区司祭を縛り首にしてやったの。最初の一口で雌ヤギにうんざりしてしまった教区司祭は、すぐに子ヤギを所望したのよ。

アントーニア あなたに言おうと思っていたことがあったのに、今まですっかり忘れてたわ。あなたね、ありのままに喋りなさいよ。「し○、ち○こ、ま○こ、セッ○○」と、はっきり言ってちょうだい。あなたみたいに「指輪のなかのヒモ」だの、「コロッセオのなかの尖塔」だの、「菜園のなかのネギ」だの、「扉の差し錠」だの、「錠前の鍵」だの、「すり鉢のすりこ木」だの、「巣のなかのナイチンゲール」だの、「畝の苗木」だの、「ふいごの管」だの、「鞘のなかの剣」だのと言っても、サピエンツァ[正式名称を「アルモ・コッレージョ・カプラニカ」という、神学と教会法を講じていた高等教育機関]の学者先生にしか分かりゃしないわ。ほかにも、「棒」やら「司教杖」やら「サトウニンジン」やら「アソコ」やら「女のアレ」やら「男のソレ」やら「林檎」やら「ミサ典書のページ」やら「かかる事態」やら「喩えて言うなら」やら「あんな出来事」やら「そんな状況」やら「こんな小咄」やら「柄」やら「矢」やら「人参」やら「根っこ」やら、糞いまいましいったらありゃしないわ。そう、こんなことは言いたくないけど、あなたの喉には糞がいっぱいに詰まってしまうかもしれないのよ。だってあなたは、木靴の爪先で歩こうとしてるんですから。これからは、「はい」は「はい」、「いいえ」は「いいえ」って言いなさい。さもなければ、胸のなかに閉まっておくことね。

ナンナ あなた、路地裏では慎みこそが輝きを放つということ、知らないの?

アントーニア あなたの好きなように喋ったらいいわ。怒らないでちょうだいよ。

ナンナ それでね、子ヤギをわが物とした教区司祭は、その肉にしっかりナイフを刺し入れると、ナイフが出たり入ったりする様子を眺めながら、気でも触れたみたいに大喜びしていたの。挿したり抜いたりを繰り返すことで慰みを得る司祭の姿は、こね粉のなかに手を突っこんだり、そこから手を抜いたりして気晴らしを味わっている、パン屋の丁稚のようでもあったわね。やがてアルロット教区司祭は、ご自身のヒナゲシの背に発破をかけ、きつく体に絡まったままの雌ヘビをベッドへと運んでやったの。そうして、蠟の上に力のかぎり印を押しつけたまま、ベッドの枕元から足下へ、足下から枕元へと、二人でぐるぐる転がったのよ。それからまたもや、上になったり下になったり、あるときは修道女が司祭の「なされるべきもの」を押しつぶし、またあるときは司祭が修道女の「なされるべきもの」を押しつぶしながら、二人はベッドを転がっていたの。そんなこんなで、あなたがわたしに、わたしがあなたにと、次々と姿勢を入れ替えつづけ、幾度も繰り返し転がっているうち、やがて高潮の瞬間が訪れたのね。ベッドの平原に洪水が広がると、一人はこちら、もう一人はあちらへ転げ落ちたの。職人が場を離れ、風を吹き出しながら動きをとめる見捨てられたふいごのように、二人はぜぇぜぇと喘いでいたわ。錠前から鍵が外れたとき、尊き司祭さまが締めくくりの合図に、修道院全体に鳴り渡りかねない恐ろしい屁をこいたものだから(あなたの鼻が救われますよう)、わたしたちは笑いを抑えきれなかったの。もしもあのとき、互いに互いの口を手で塞いでいなかったなら、わたしたちは見つかっていたでしょうね。

アントーニア あっはっは! そんなものを見て、誰が顎を外さずにいられるかしら?

ナンナ お勤めに励むふしだらな女の部屋をあとにして手探りで進んでいくと、今度は女子修練長が、ぼろぞうきんの山よりもっと汚い下品な男をベッドの下から引っ張り出しているところに行き当たったの。修練長は男に言ったわ「出ていらっしゃい、わがトロイアのヘクトルよ、白と朱に塗られた誉れ高き盾を携えるわがオルランドーよ。さあ、わたしはあなたの下僕です。そんなところに隠れさせ、居心地の悪い思いをさせてしまってごめんなさいね。仕方のないことだったのよ」。するとこの悪党はおんぼろの服を捲り上げ、修道女の前に陰茎を突き出したの。男の身ぶりを読み解いてくれる通訳者はいなかったけれど、修道女は自らの想像力でもって、男の言いたいことを解きほぐしたわ。粗野でがさつなこの男が、修道女の生け垣のなかに十字槍を突き立てると、彼女の目の前には千の蛍がちらちらと飛び交ったの。狼の牙が修道女の唇に喰らいつくと、そのあまりの心地良さに、修道女の瞳からはどっと涙が溢れだしてしまったのよ。そこでわたしたちは、熊の口のなかが苺で真っ赤になる前に、その部屋をあとにしたわ。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?