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ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第11回(毎週月曜日更新)

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ナンナ くんずほぐれつの乱闘から身を離そうと、うすのろが立ちあがったまさにそのとき、わたしの肩に手が置かれ、誰かが静かにゆっくりと、こんな風に言うのが聞こえたの「こんばんは、愛しい僕の魂よ」。わたしの全身を恐怖が満たしたわ。色狂い(そう言って差し支えないでしょ!)の女たちの合戦に夢中になって、ほかのことは何も考えていなかっただけに、なおさら驚いてしまったの。肩に手の重みを感じたまま、わたしは後ろを振り返り、こう呟いた「ちょっと、誰よこいつは?」。そして、〈助けてぇ〉と叫ぶため、ほとんど口を開きかけてから、目の前にいるその男が、司教を迎えるためにわたしを置き去りにしていった学士候補生であると気がついたの。それでわたしは、すっかり気を取りなおしたわ。だけどわたしは言ってやったの「神父さま、わたしはあなたがお考えになっているような女ではありません。あっちに行ってください、わたしは嫌です、嫌ですってば、大きな声を出しますよ。それよりも近寄ったら、血管を切りますから。主よ、どうぞわたしを見守ってください。わたしはあんなことしませんよ、ぜったいにしませんよ、しないって言ってるでしょ。あなたは恥を知るべきです。本当にご立派ね、あとになって思い知るがいいわ」。すると彼は言うわけよ「いったいどうして、智天使のなかに、座天使のなかに、熾天使のなかに、そのようにむごい振る舞いが宿れるものでしょうか? 僕はあなたの下僕です、僕はあなたを崇めています、なぜならあなただけが、僕の祭壇であり、僕の晩禱であり、僕の終禱であり、僕のミサだからです。もしもあなたが望むなら、僕は死にましょう。さあ、ここにナイフがあります。どうぞ僕の胸を貫いてください。そうすればあなたは、あなたの甘美なお名前が、僕の心臓に金文字で刻まれている光景をご覧になられることでしょう」。そんな風に言いながら、柄には銀箔が塗られ、刃の半分までダマスク細工の施されている素晴らしく美しい短剣を、わたしの手に握らせようとしてきたの。わたしはそんなもの、ぜったい受け取りたくなかったわ。だから返事もしないまま、床をじっと見つめていたの。すると彼、まるで福音書の受難の節でも読み上げるような調子で大声を張り上げ、わたしの頭を苛んでくるものだから、けっきょくわたしは折れてしまったのよ。

アントーニア 自ら命を絶とうとしたり、毒を呷ろうとしたりする男たちを、そのまま放っておくような女は最低よ。あなたは「慈悲の山銀行」[十五世紀末、貧しい人びとを対象にフランチェスコ会が創設した、動産を担保とする貸し付け機関]より、ずっと慈悲深い営みをしてみせたんだわ。誰であれ、心根の真っ直ぐな女ならば、あなたを模範とするべきよね。それじゃ、つづきを話して。

ナンナ この男の口にする、いかにも修道士くさい前置きは、針の狂った時計でも言いそうにないとびきりの嘘に飾られていて、わたしは為す術もなく押し切られてしまったの。わたしのなかに入ってくるとき「ラウダームス・テー」なんて唱えているものだから、棕櫚に祝福でも捧げてるのかと思ったわよ。きれいな声音にうっとりとなったわたしは、彼にそのまま奥まで進ませ……だけどアントーニア、このあといったい、どうすべきだったと思う?

アントーニア ナンナ、それはひとつしかないでしょう。

ナンナ ……あらかじめ、言っておきたいことがあるの。でも、あなたに信じてもらえるかしら?

アントーニア なによ?

ナンナ わたしね、ガラスのアレより、肉のアレの方がすべすべしてると思ったの。

アントーニア なんという神秘かしら!

ナンナ 本当なのよ、この十字架にかけて!

アントーニア わたしはあなたを信じてる、この上なく信じてるくらいよ。だから、誓う必要なんてないでしょう?

ナンナ わたしね、おしっこもしてないのに、漏らしちゃったの……

アントーニア あっはっは!

ナンナ ……白い鳥もちだか、ナメクジの涎だか、そんなようなものだった。畏れながら申し上げますと、それから彼は三度にわたって、わたしにそれをひっかけたの。二度は古式に、一度は当世風にね。これ、どこかの物好きが考え出したんでしょうけど、わたしはちっとも好きじゃないわ。わたしの信仰にかけて言いますけど、このやり方はわたし、嫌いよ。

アントーニア あなたは間違ってるわ。

ナンナ もしもわたしが間違ってるなら、それはわたしが新鮮だってことでしょ。あのやり方を見つけた人って、すっかり減退気味だったのよ。普通のやり方には何の味わいも感じなくなってしまって、それでうしろを……ちょっと、まだ言わせる気?

アントーニア 無駄に口にする必要はないわ。だってあれは、ナツメウナギよりも引く手あまたのご馳走なのよ。つまり、偉大なるお殿さまのための食べ物よね。

ナンナ どうぞ好きなだけお召し上がりになったらいいわ。さて、話をもとに戻すわよ。けっきょく、砦に二度、半月堡に一度、彼の軍旗を打ち立ててから、学士候補生はわたしに、夕食は済ませたかと訊いてきたの。彼の吐く息から、向こうはすでに、ユダヤ人の鵞鳥のようにたらふく食べてきたあとだと分かったから、わたしは「はい」と返事した。すると彼はわたしを膝の上に乗せ、片腕を首に絡ませてきた。もう片手ではわたしの頬やら胸やらを撫でまわし、愛撫の合間にこの上なく風味の効いたキスを織り交ぜてきたの。そんな風にされたわたしは、自分が修道女になったあの日、あの瞬間に、感謝せずにはいられなかった。修道女の住む世界こそ、本当の楽園だと納得したのよ。しばらくすると、学士候補生は気まぐれを起こし、わたしを連れて修道院のなかをあちこち見物に行こうと決めたのね。彼は言ったわ「眠るのは、明日の昼にすればいいよ」。四つの部屋を覗きながら、すでにたくさんの奇跡を見ていたわたしは、ほかの部屋でほかの奇跡を見物するのが楽しみで仕方なかった。彼は靴を、わたしは室内履きを脱いでしまうと、彼に片手を引かれながら、抜き足差し足、卵の上を歩くかのような慎重さで、彼のあとについていったのよ。

アントーニア 引き返してきなさいな。

ナンナ どうして?

アントーニア だってあなた、ラバ引きの間違いのせいでお預けを食った二人の修道女のこと、忘れてるじゃないの。

ナンナ わたしったら、剪定好きの植木屋に脳みそを預けてきちゃったのね。哀れで惨めなあの二人は、薪載せ台の先っちょの玉を使って鬱憤を晴らしたのよ。鉄の棒にまたがりながら、トルコ人に串刺しにされた囚人のように、足をじたばたさせていたわ。もし、先に踊りを終えた方の修道女がお仲間のもとに駆けつけていなかったなら、もう一人の口からは危うく玉が飛び出すところだったのよ。

アントーニア ああ、さぞかし大きな玉だったんでしょうね、あっはっは!

つづく

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