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ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第13回

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アントーニア それから、どこへ行ったの?

ナンナ 別の穴から、教義の母、新約の叔母、旧約の姑とも呼ぶべき修道女が見えてきたの。まっすぐに見つめることさえ躊躇われるほどの、すさまじく古ぼけた女だったわ。頭に生えた、ブラシの毛のような二十本ほどの髪の毛のいたるところに、虱の卵がくっついてるの。おでこに刻まれた皺の数は、たぶん百は下らないでしょうね。ごわごわとしたまつ毛は真っ白で、目からは何か黄色いものを垂らしていたのよ。

アントーニア 遠くから虱の卵まで見分けるなんて、あなたって目が良いのねぇ。

ナンナ いいから聞きなさいって。この女はね、口の周りは涎だらけ、鼻のまわりは鼻水だらけで、歯を二本だけ生やした歯茎は、虱でいっぱいの毛を梳くための骨櫛のようだったの。唇はかさかさに乾ききって、ジェノヴァ人の頭みたいに顎がとんがっていたわ。その顎からは優美にも、雌ライオンのごとくに何本かの毛が飛び出していたけれど、それは(わたしの見たところでは)茨のように先っぽが堅くなってるのよ。穀物を切らした旅人のずだ袋と瓜二つの乳房は、二本の細縄で胸にくくりつけてあるの。胴体は(どうぞお慈悲を)あちこち膿みだらけで、肌が内に縮んで引っこみ、臍は外へと突き出ていたわ。これは本当の話なんだけど、おしっこが出てくる場所の周りには、キャベツの葉っぱで作った花輪が添えられていて、それはまるで、疥癬病みの頭の上に一ヶ月も置きっぱなしにされていたような代物だったのよ。

アントーニア 聖オノフリオも、居酒屋の看板を恥部に当てていたわよね。

ナンナ そっちのほうがよほどましよ。腿はというと、羊皮紙に包まれた錘と見まがうようで、膝はひっきりなしにがたがた震え、今にも床に倒れこみそうだったの。彼女の脛やら腕やら足の裏やらをあなたが思い浮かべているあいだに、両手の爪について話しましょうか。気に食わないやつを引っ掻くために、ロッフィアーノが小指に伸ばしている爪と同じくらい、この女の爪も長く伸び、指と爪のあいだには汚れがいっぱいに詰まっていたのよ。さて、彼女は今、床の上に身を屈めながら、星やら、月やら、四角やら、丸やら、文字やら、ほかにも奇妙な図柄を山のように炭で描いているところだったの。床に図を描き進める一方で、悪魔でも覚えきれそうにないほどの、何種類もの悪霊の名前を呼んでいたのね。次に、炭で描かれた魔法の記号の周りを三度めぐり、空に向かって顔を向け、一人でずっと何かを囁きつづけていたの。それも終わると、百本の釘が打ちこまれたぴかぴかの蝋人形を取り出して(マンドラゴラを見たことがあるなら、だいたい似たような姿だと思ってもらえばいいわ)、炎のそば、熱が伝わるくらい近くに蝋人形を置いてから、何度かその向きを変えていたのよ。まるで、キノドアオジやニワムシクイを、焦げ目をつけずに焼こうとして、くるくるひっくり返しているみたいだったわね。それから女は、こんな言葉を口にしたの。

 炎よ、わが炎よ、溶かせ
 わたしから逃げた、残忍なあの男を

 そして、病院にパンを届ける配達夫より、もっと猛烈な勢いで蝋人形の向きを変え、こう付け足したわ。

 わが大いなる疼きよ
 わが愛神の心を動かせ

 蝋人形が強く熱を帯び始めると、眼差しを床にじっと貼りつけたまま、女は言ったの。

 やれ、悪魔よ、わが喜びよ
 彼をして来さしめよ、さもなくば男に死を

 最後の一行を言い終わるが早いか、一人の男が部屋の扉を叩いたのよ。扉の向こうの男はまるで、(台所で盗み食いをしたあとで)肩に降りかかる棒たたきの雨から逃れるために走り抜けてきたみたいに、激しく息を切らしていたわ。女はまじないの道具を急いで片づけ、男のために扉を開けてやったの。

アントーニア そんな風に、裸のままで?

ナンナ そんな風に、裸のままで。飢饉に空腹が駆り立てられるのと同じように、黒魔術に衝き動かされた哀れな男は、女の首に両腕を巻きつけた。まるで目の前の女がローザかアルコラーナ[当時のローマに実在した、美貌のために有名だった女性たち]であるかのごとくにたっぷりとキスを浴びせかけ、ロレンツィーナ[ローマの有名なコルティジャーナ]にソネットを捧げる男たちのように女の美しさを讃えていたわ。すると呪われた亡霊は、もじもじと体を動かしながら、すっかりご満悦の様子で言ったのよ「この肌が、独り寝にふさわしいと思う?」。

アントーニア おぇえ!

ナンナ 年老いた魔女の話で、これ以上あなたに胸やけを起こさせる気はないわ。あの女のことは、ほかにはもう知らないのよ。だって、それより先は見たくなかったから。まだ髭も生え揃わない、魔法にかけられた若き世俗信徒が、椅子の上の魔女にまたがろうとしているとき、鼠を捕らえまいとするマスィーノの猫のように、わたしはぎゅっと目をつぶっていたの。さて、わたしたちは先に進み、老婆のお次は仕立て屋の女の部屋にたどりついたわ。この女は師匠の仕立て屋と乳繰り合っているところで、師匠を丸裸にしてしまうと、唇やら、お乳やら、竿やら、太鼓やら、あちらこちらにキスしていたの。その様子はまるで、乳飲み子の小さな顔や、お口や、おててや、お腹や、小さなキュウリや、かわいいお尻にキスをしながら、赤ん坊が乳をしゃぶるのと同じように、自分も赤ん坊を啜ってしまおうとする乳母のようだったのよ。もちろん、師匠の仕立て屋が弟子の胴着の両裾に鋏を入れるところを見届けるため、わたしたちは壁の穴に目を当てていたかった。けれどそのとき、誰かの叫び声が聞こえたのよ。叫び声の次は金切り声、金切り声につづけて「うぐぁ」、そして「うぐぁ」が終わると、わたしたちの心を揺さぶらずにはいない「神よぉ」という絶叫が響いたの。声が聞こえてくる方へと、わたしたちは急いだわ。足音は、あたりを満たす叫び声にかき消されていたのね。そしてわたしたちは、女の蔵から半分だけ体を出している、幼子の姿を目にしたのよ。女がそれを頭からひり出してやると、赤ん坊といっしょになって、何発もの芳しい屁が外に向かって放たれたの。男の子であることが確かめられたあと、赤ん坊の父親である修道院長さまが呼ばれたわ。二人の中年の修道女に伴われながら、修道院長は部屋へやってきた。院長が現われるなり、君主へ捧げられるような歓喜の祝辞が次から次へと伝えられた。そして院長はこう言ったの「このテーブルには紙と、ペンと、インクがあるから、この子がいかなる星のもとに生まれたのか、ひとつ占ってみようじゃないか」。そこで、数えきれないほどの点を紙に記すと、点と点のあいだに何本か線を引き、ウェヌスの住み処やらマルスの住み処やら[金星と火星]について何かつぶやいてから、一同に向き直って言ったのよ「よいか、修道女たちよ。自然なる、肉なる、霊なるわが子は、メシアか、アンチ・キリストか、あるいはメルキセデクとなるであろう」。わたしの学士候補生は、赤ん坊が出てきた穴を眺めようと一生懸命だったわ。わたしは彼の服を引っぱり、八つ裂きにされた豚のものでないなら、血の滴る腸詰めなど見たくないと合図したの。

アントーニア そうよ、修道女らしくしなさいよ、ほら、早く別の話をして。

つづく

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