見出し画像

ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第14回

前回から読む)

ナンナ それじゃ、次はこの話を聞いてちょうだい。汚れなき乙女とはとても言えない、けれどたいそう上玉の女が一人、兄弟たちの手によって、わたしの入れられた修道院に、わたしよりも六日だけ早く放りこまれていたのね。(わたしの聞いたところでは)この女に恋をしていた、とある土地の名士からの要望を受け、女子修道院長は用心のために、女を一人きりで独房に入れていたの。夜になると、独房の扉を閉ざし、鍵は女子院長が持って行ってしまうのよ。けれど恋人の青年は、独房の窓が菜園に面していることに気がついた。窓へとつながる壁を青年はキツツキのようによじ登り、うまい具合に、若い雌ガチョウに餌をついばませてやっていたわけよ。ちょうどあの日の夜も、青年は女のところにやってきたわ。彼は格子窓にしがみつき、外に向かって突き出された水盤の水を、自らの猟犬に飲ませていた。そのあいだこの男は、信用の置けない鉄格子に両腕をからませていたのね。やがて蜂の巣のなかにはちみつが解き放たれると、男の味わっていた甘さは、薬にも勝るほどの苦みへと変わったのよ。

アントーニア どういうわけで?

ナンナ 気の毒なこの男は「来てくれ、あぁ、俺、いくぅ」というその瞬間、すっかり気が遠くなってしまって、鉄格子から腕を離し、露台から庇の上へ、庇から鶏小屋へ、鶏小屋から地面へと転落した挙句に、片足の骨を折ってしまったの。

アントーニア まぁ、鬼婆の女子修道院長こそ、両足を折ってしまえば良かったのに! だって女子院長は、娼館のなかで生きる女に純潔を守らせようとしてたのよ。

ナンナ 女子院長がこの女を閉じこめていたのは、女の兄弟たちが怖かったからよ。この人たち、何か悪い噂でも伝わってきたら修道院を燃やしてやるぞって脅してたんですから。さて、話を戻しましょう。犬のようにせっせと働いていたこの青年が、世界中に響き渡るほどの騒音を引き起こしたあと、誰もが窓辺に駆け寄って、窓覆いを持ち上げたわ。すると、月の光に照らされて、ぼろぼろに打ち砕かれた惨めな男の姿が目に入ったのよ。修道院の人びとは、偽の妻とお愉しみに耽っていた二人の世俗信徒をベッドから引っ張り出すと、彼らを菜園に遣わしたの。二人の男は片足の折れた青年を腕に抱き、修道院の外に連れていったわ。この大騒ぎが起きたあとで、わたしたちは独房へ引き返した。じきに日が昇ったら、他人の情事を盗み見ているわたしたちの姿が人目に曝されるかもしれないと不安になったのね。ところが、帰り道をいくらも進まないうちに、ぎとぎと脂じみている、とっても陽気で山賊のような修道士が、何人いるんだか分からないほどの修道女やら司祭やら世俗信徒たちに、与太話を語って聞かせているところに行き当たったの。この人たちは一晩中、サイコロやカードの遊びに興じていたのよ。酒を呷るのにも飽きてしまい、お喋りに花を咲かせていた一座は、なにか小咄を聞かせてくれとこの修道士に頼みこんだわ。そこで彼は語り出したの「種馬のごとき野犬をめぐる、笑いに始まり涙に終わる物語をお前たちに話してやろう」。静かに耳を傾けるよう言い渡してから、男は始めたわ「二日前のこと、広場を通りかかったとき、盛りのついた小さな雌犬を見かけたんだ。ぱんぱんに膨らんだこいつのおそそは、燃えさかる珊瑚のように鮮やかな赤みを帯び、その匂いに釣られるように、二ダースものわんころたちが、雌のうしろに列をなしていた。今はこの雄、次はあの雄と、犬どもがひっきりなしに雌の陰部を嗅いでいると、そのおふざけに呼び寄せられて、近所のガキどもがわらわらと集まり、一匹が雌に乗っては腰を一振り、また別の一匹が腰を一振りとやっている光景を、大勢で見物してたんだ。文字どおり坊主じみた面を浮かべながら、俺はこの見世物を眺めていた。するとそこに、世界中の肉屋の総督とも呼ぶべき、一匹の野犬が現われたのさ。こいつは一匹の雄に喰ってかかり、荒々しく地面に叩きつけた。地面に伸びているわんころを放り出し、また別の雄を捕まえると、そいつの皮膚もずたずたにしてやった。こうして小さな雄犬どもは、あちらこちらに逃げ出したんだ。野犬は弓なりに背を反らすと、その剛毛を豚のように逆立てて、藪にらみの目をぎょろつかせ、歯をがちがちと鳴らし、口のまわりに泡を浮かべつつ唸りを上げ、追い詰められた雌犬を睨みつけた。楚々なおそそに鼻を近づけ、軽く匂いを嗅いでから、野犬が二突きお見舞いすると、小さな体にはおよそ不釣り合いな激しい悲鳴を、雌はそこらじゅうに響かせたよ。ところが雌は、野犬の下で体を捩り、まんまとやつから逃げ出した。それまで遠巻きに眺めていた雄たちは、雌のうしろをせかせかと駆けていった。置き去りにされた駄犬は怒りに駆られ、雌のあとを追いかけたんだ。走っているうち、ぴたりと閉められた扉の下に隙間ができているのを見つけると、雌は咄嗟にそこに飛びこみ、雄たちもあとにつづいた。悪辣な野犬は、扉の前をうろうろとするばかりだった。体が大きすぎて、ほかの犬どもが潜りこんだ場所に入っていけなかったんだ。そこで野犬は、外から扉に牙を立て、爪で地面を掘り返し、熱に浮かされた獅子のごとくに雄叫びをあげたのさ。野犬が梃子でも動かずにいると、気の毒に、とうとう一匹の雄が外に出てきた。残虐な野犬はそいつの額をがぶりとやり、片耳をまるごと喰いちぎりやがった。二匹目が出てくると、今度はもっとひどい目に遭わせ、扉の隙間から出てくるわんころを次から次に、一匹残らずとっちめたんだ。散りぢりに去っていく小さな雄どもの姿はまるで、兵隊のやってきた村から逃げ出していく百姓たちのようだった。最後に花嫁が外に出てきた。野犬はその首筋に爪をかけ、喉笛に牙を立てると、雌犬を絞め殺してしまったよ。そのあいだも、ガキどもや、犬たちのお祭り騒ぎに駆けつけた野次馬が、空に向かって歓声を上げていたな……」。そうしてわたしたちは、それよりほかは見ようとも聞こうともせずに、わたしたちの部屋へ戻り、ベッドの上で一マイルほどの行進をこなしてから、いっしょに眠りについたのよ。

アントーニア 『百物語』[ボッカッチョの『デカメロン』]の作者さま、腹を立てずにお聞きください。あなたはもう、引退してくださってけっこうです。

ナンナ わたしはそこまでは言わないわよ。ただ、わたしのお話は生きているのに、あの人のお話は描かれた作り物だってことは、彼にも認めてほしいわね。それにしても、これも話しておいたほうがいいかしら?

アントーニア 何よ?

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?