「リーディング」というお仕事について

 私は「@kuritalia」というアカウントでTwitterをやっている。私のツイートに対するRTは、たいていは0回、多くて2、3回というところなのだが、以前、出版翻訳家の業務のひとつである「リーディング」の報酬についてつぶやいたところ、めずらしく20回くらいリツイートされた。やはり、お金の話はみなさん興味があるのだなとしみじみ思った。同業の方々にとって、なにか参考になることもあるかもしれないので、ここに当該ツイートをまとめておく。

この「リーディング」というのが曲者で、翻訳者にとって相当な重労働なんだよな。クオン主催の「翻訳フェスティバル」に登壇したとき、やっぱりリーディングの話になって、司会の金原先生から「リーディング1本あたりどれくらい貰ってます?」と質問を受けた。私の答えは、「2~3万のあいだです」。
それにたいする金原先生の答えがすごかった。「2~3万というのはかなり恵まれていて、英語だとそもそもリーディング料が支払われないこともありますよ。できる人がいっぱいいるから」と。衝撃的でした。厚労省よ、頼む、出版社を労基法違反で取り締まってくれ……
実際、私にリーディングを依頼してくれる出版社(というか編集者)は良心的で、「読みましたけど、いまひとつだと思ったのでレジュメ書きません」という返答でも、「リーディング料」を払ってくれる。こういう場合は、時給に換算すると、そこまで割に合わない仕事でもない。
反対に、面白いと感じた場合はレジュメを書くわけだが、これがけっこうきつい。本を読む時間とレジュメを書く時間を合わせると、やっぱり4、5日はかかる。それで企画が通ればいいが、実際には通る企画は10本に1、2本。ボツになれば、翻訳者の懐に入るのは、雀の涙の「リーディング料」だけなのだ。

 さて、最後のツイートに「やっぱり4、5日はかかる」とあるが、これはちょっと見栄を張っていて、1週間から10日くらいかかってしまうこともままある。時間配分としては、本を読みとおすのに2-4日、レジュメ(シノプシス)をまとめるのに1-2日、試訳を作るのに1-2日といったところだろうか。それで報酬は「2~3万円のあいだ」。じつに恐ろしい世界である。(もっとも、私の要領が悪いだけ、という可能性もある。このあたり、同業の皆さまの経験談を伺いたいところである)

 翻訳家志望の方々のなかには、レジュメの書き方を知りたいという人もいることと思う。とりあえず、以下の2冊を読めば、だいたいの雰囲気はつかめるはずである。

・越前敏弥『文芸翻訳教室』研究社、2018年。(第3部「文芸翻訳の現場」に、シノプシスの実例が掲載されている)
・寺田真理子『翻訳家になるための7つのステップ』雷鳥社、2020年。(とくに42-47頁の「書籍概要と対象読者」を参照)

 前者は文芸翻訳、後者はノンフィクション翻訳の出版を目指している人に向いている。ちなみに、越前さんの本にはこんな一節がある。

シノプシスは海外の本を翻訳出版するかどうかを決めるための最も重要な資料なので、その作成は大きな責任をともなう仕事であり、翻訳の仕事そのものに劣らないほどです。(越前敏弥『文芸翻訳教室』、162頁。強調は原著者)

 そんなにも重要な仕事にまともな対価を支払わないのだから、出版社は自分で自分の首を絞めているようなものであろう。合掌。

                               (了)

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