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ピエトロ・アレティーノ『ラジョナメント』第10回(毎週月曜日更新)

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ナンナ さぁさ、次の話も聞いてちょうだい。さっき荷造りをして部屋から出ていった二人の修道女が、また戻ってきたの。二人がぶつぶつと漏らしていた言葉から察するに、女子修道院長の言づけで、裏門には鍵がかけられていたらしいのよ。だから二人は、最後の審判の日に悪人どもが口にするであろうより、もっと激しい悪態をついていたわ。でもね、二人は手ぶらで帰ってきたわけじゃないの。というのも、二日前に修道院に召し抱えられたラバ引きがうとうと居眠りしている姿を、階段を降りる途中で見かけたからよ。即座に計略をめぐらすと、一人がもう片方にこう言ったの「あいつを起こして、台所にひと抱えの薪を持ってくるように言ってきてよ。そうすればあの男は、あなたを料理番だと思ってついてくるわ。部屋の前まで連れてきて「あそこに薪を置きなさい」と言うの。あの山賊が部屋のなかにやってきたら、おもてなしの役目はわたしが引き受けるわ」。すると、口も利けず耳も聞こえない間抜けと思われぬよう、お仲間の修道女はすぐにこの提案を受け入れたのね。そのときわたしは、別の企みを発見したのよ。

アントーニア いったい何を見つけたの?

ナンナ 二人の修道女の部屋の隣にもう一つ、宮廷風に飾られた、とても愛くるしい小部屋を見つけたの。そこには、神々しいほどに美しい二人の修道女の姿があったわ。この二人は小さなテーブルを優美に整え、白のダマスク織りのテーブルクロスを広げているところだった。その小部屋からは、獣の発する麝香よりもっと鮮烈なラベンダーの香りが漂ってきたのよ。修道女たちが並べている三人分のナプキン、お皿、それにナイフとフォークは、言葉では表現できないほどに磨き上げられていた。そして、小さな籠からたくさんの種類の花を取り出すと、たいへんな入念さでテーブルの飾りつけを始めたの。一人は、テーブルの中央で月桂樹の小枝を結び合わせて環を描き、その上に、白と赤のバラの花を見映えよく散らしていたわ。それから、オレンジの花が刺繍されたリボンを月桂樹の環に結わえつけると、それをテーブルいっぱいに広げたの。環のなかにはちょうどあの日、司教といっしょに修道院に到着したところだった司教代理の名前が、ルリチシャの花によって記されていた。「ドン・ディン・ドン」と盛大に鐘が鳴らされたのは、司教さまご本人のためというより、司教代理のためだったのね。その喧しい音のせいで、わたしはたくさんの素敵なお話を聞き逃してしまったのよ。部屋を覗いてるうちに分かったのだけれど、二人の修道女は司教代理のために、婚礼の祝いを用意しているところだったの。さて、二人のうちもう片方の修道女は、テーブルの四隅を美しく飾りつけていたわ。一つ目の角には紫のスミレの花で、ソロモンの結び目を作っていた。二つ目の角を飾っていたのは、ニワトコの花からできた小さな迷宮。三つ目の角では、薄桃色のバラの花に描かれたハートが、矢に見立てたカーネーションの茎に貫かれていた。矢尻の位置の、半分ほど開いたカーネーションの蕾はあたかも、心臓から滴る血に赤く染められたようだった。ハートの上にはルリチシャの花を使って青白い瞳が描かれ、そこから流れ落ちる涙の粒は、ちょうど枝の先から芽を出したばかりの、オレンジの蕾によって表現されていた。最後の角には、祈るように組まれた二つの手がジャスミンの花で描かれ、その指には黄色いスミレの結婚指輪がはめられていたわ。飾りつけが終わると、一人はグラスをイチジクの葉でぬぐい、ガラスが銀に変化したのかと思うほどぴかぴかに磨いたの。もう一人の修道女はそのあいだ、小さな台にランス・リネンのナプキンをかぶせ、台の中央にカラフを置き、まわりにグラスを均等に並べたわ。洋ナシのような形をしたそのカラフには、オレンジの花のエッセンスで香りづけされた水がなみなみと注がれていた。手を拭くための肌理の細かいリネンの布を取っ手から垂らしているカラフはまるで、こめかみからミトラ[司教冠]の飾り帯を垂らしている司教さまのようだったのよ。台の足下に置かれた銅の壺は、砂や、酢や、手によって入念に磨き上げられ、覗きこむ人の姿を映しだすほどだった。冷たい水に満たされた銅の壺のなかには、丸くて小さい、透明なガラスの壺が二つ浮かんでいたの。そこに入れられた赤ワインと白ワインは、わたしの目にはむしろ、ルビーやヒヤシンスの雫のように映ったわね。すべてを整え終えると、修道女は長持ちのなかから綿のかたまりみたいなパンを取り出し、それをお仲間の手に差し出した。手渡された修道女はテーブルの上に、パンを丁寧に並べたわ。それから、二人は少しだけ休憩をしたの。

アントーニア まったく、テーブルをそんなにも入念に飾るなんて、修道女にしかできないことよね。あいつら、無駄遣いするための時間ならいくらでもあるんですから。

ナンナ 座ってじっとしていたら、そのうち第三時の鐘が鳴ったの[午後九時頃に相当]。そこで、二人のうち厚かましい方の修道女が言ったのよ「司教代理さま、クリスマスのミサよりもっと長いこと待たせるわね」。もう一人が答えたわ「手間取るのも仕方ないわ。だって、明日は司教さまが堅信の秘跡を行うんだもの。何やかや、片づけておかなきゃいけない用事があるんでしょうよ」。そうして、司教代理を待つあいだ、退屈をまぎらすため、山ほどの下らないお喋りに花を咲かせていたの。けれど時間がたつにつれ、二人は先を争うように、パスクイーノ師[当時、ローマの人びとが教皇庁への諷刺詩を貼りつけていた、古代の彫像]が修道士に言いそうなことを司教代理に向かって言い始めたわ。彼の聖人の祝日であるこの日、司教代理が授かった名前とは「間抜け」とか「豚」とか「穀潰し」とか、その類のものだったのよ。そして、痛風のせいでもう動けなくなっていた、二羽のまるまる太った雄鶏がゆでられているかまどの方へと、片方の修道女が駆けていったの。鍋の上に置かれた一本の焼き串には、修道女たちの育てた孔雀が串刺しにされていて、鳥の重みにたわんでいたわ。もし同僚が止めに入っていなかったなら、鍋の雄鶏も串の孔雀も、この修道女は窓の外へと放り投げてしまうところだったのよ。こんな風に、二人の修道女が大騒ぎをしている真っ最中に、例のラバ引きがやってきたの。本当は、腹心の友に善き助言を与えたさっきの修道女の部屋に薪を運ばなければいけなかったのに、この男は薪の束を肩に背負わせた修道女が指さしたのとは別の扉に入っていってしまったのね。司教代理さまがやってくるはずだった部屋に足を踏み入れると、このロバ野郎はそこに薪を降ろしたのよ。隣の部屋からその音を聞いていたさっきの二人の修道女は、顔に爪を突き立てて、そこらじゅうをずたずたに掻きむしったわ。

アントーニア 待ちくたびれてうんざりしていた修道女たちは、そいつの姿を見て何て言ったの?

ナンナ あなただったら何て言った?

アントーニア わたしなら、幸運の女神の前髪をつかまえたわよ。

ナンナ それこそ、あの二人がしたことよ。ラバ引きという、思ってもみなかった幸運を前にして、餌を前にした鳩のように元気になった修道女たちは、王侯のごとく彼を迎え入れたの。このゴロツキを罠から逃がしてしまわぬよう扉に閂をかけたあと、洗いたての布巾で体を拭いてやりながら、自分たちのあいだにラバ引きを座らせたのね。ラバ引きは二十歳かそこらで、髭は生えておらず、ぽっちゃりとしていて、広いおでこは枡の底のようだった。脇腹は逞しく、背は大きく、肌の色は白くって、くよくよ物事を考えず、その日暮らしの呑気な生活を送る、修道女たちの望みには適いすぎているほどの男だったの。雄鶏や孔雀と一つ屋根の下にいることに気づいた男は、この世でいちばん間の抜けた笑い声を立てていたわ。がつがつとすさまじい量を貪り食い、刈り取り人夫のような勢いでワインを飲んでいたのよ。ラバ引きの鐘の舌で自分の亀裂を暖める瞬間を一日千秋の思いで待ち焦がれていた修道女たちは、空腹など少しも感じていない様子で目の前のご馳走に軽蔑の眼差しを注いでいたの。もしもあのとき、辛抱を失った隠者のように、貪欲な方の修道女がしびれを切らし、ヒヨコに襲い掛かる鳶のごとくにラバ引きの笛へと飛びかかっていなかったのなら、馬や兵に食事を運ぶ兵站係も顔負けの量を、あの男はすっかり食べつくしていたに違いないわよ。ラバ引きの股に手がかけられるやいなや、ベヴィラックアの面目さえ失わせかねない槍の穂先が外に向かって飛び出したの。それはまるで、サンタンジェロ城のラッパ吹きが高く掲げるトロンボーンのようにも見えたわね。この修道女が太い取っ手を握りしめているあいだに、もう一人の修道女はテーブルを端に寄せたの。ラバ引きをつかまえた修道女は両足のあいだにお人形を引き寄せて、椅子に腰かけているラバ引きの縦笛をすっかり自分のなかに挿し入れたのよ。それから彼女は、サン・ピエトロで祝別が執り行われたあとのサンタンジェロ橋で互いに押し合いへし合いする人たちのような思慮深さで腰を振ったものだから、ラバ引きもろとも椅子から落っこちてしまったの。二人はまるで猿みたいに、床へ転げ落ちたのよ。こうして扉の掛け金が外れてしまうと、年老いた雌ラバのように涎を垂らしていたもう一人の修道女は、頭に何も載せていないお人形が寒さに風邪を引かぬようにと、自らの「喩えて言うなら」をお人形にかぶせてあげたのね。すると、釘を抜かれて怒り心頭に発したお仲間がお人形にまたがる女の喉につかみかかり、つかまれた方の修道女はさっき少しだけつまんだ食べ物を吐き出してしまったの。ラバ引きにまたがっていた修道女はお仲間の方に向き直ると、残りの道のりを進みきることなど気にもかけずに、「ベアーティ・パオリ」の乞食どもよりもっと激しい取っ組み合いを始めたのよ。

アントーニア あっはっは!

つづく

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